第608話 村でも焼かれたのかで九尾なのじゃ

 ダイコンホールディングスことダイコンの会社はホビー系の会社だ。

 おもちゃ屋からレジャー施設まで、幅広く展開している。


 なので、まぁなんだ。


「下手こいても回せる場所はいくらでもあるさかい、安心してチャレンジしとき」


 と、なんとも気が軽くなる言葉で、ダイコンは俺たちとシュラトのことを送り出してくれた。


 正直、はじめての異世界での就職にシュラトの奴がどぎまぎとしているのは、嫌がおうにも伝わって来ていた。

 それでなくても俺たちも、シュラトの奴が加代以上のポンコツであるという予感に、ちょっと打ちひしがれていた。


 故に、ダイコンがそう言ってくれたのは僥倖。

 なんとも心強い限りであった。


 さて。

 そんなこんなでシュラトが最初に回されたのは――。


「私がこのキャンプのリーダー、キャプテンシュラトだ!! 皆、腹のスライムが憎いか!! オークのような体躯が憎いか!! その憎悪を、カロリー消費に向けるのだ!!」


 ちょっと特殊なイベント運営会社の指導員であった。


 〇イザップとか、ビ〇ーズブートキャンプとか、いろいろ流行りましたね。


 古今東西需要があるのがやっぱりダイエット。

 ジムもサプリも、人間の営みがなくならない限り、この世界から消えないのがまた真理。そう、ダイエットとはまさにレジャー系のドル箱コンテンツなのだ。


「まぁ、異世界でなんやリーダーやってたくらいやからな。適性は間違いなくあるはずやで」


 とは、ダイコンの談である。


 確かにシュラトは異世界で、暗黒大陸を率いているリーダーをしていた。

 そのリーダーシップを遺憾なく発揮するには、こういう催し物のインストラクターや講師などが適切だろう。流石に大企業のトップを務めるだけあって、ダイコンの奴のチョイスは的を射ていた。


 ただし――。


「のじゃぁ。その喩えはちょっとどうなのじゃぁ」


「異世界観漂うダイエットプログラムだなぁ」


 やはり異世界人、喩え方が変である。


 腹の肉をスライムに喩えるか。

 その容姿をオークに喩えるか。

 まぁ、その手の知識がある人には納得感のある喩えかもしれないけれど――。


「……あの先生、顔は格好いいけれど、ちょっと言っていることがわかんないわ」


「……ジェネレーションギャップかのう」


「……ドラクエ世代はもう一回り下じゃからのう」


 中年よりちょい上。

 定年で仕事を辞めた壮年おっさん。

 子育てに一段落がついた奥さま方。


 そんな人たちが集まっているイベントの講師としては、いささかミスマッチ。

 こりゃいかんなというのが、始まりの挨拶だけで感じられた。


 のじゃぁと、かつてジムのインストラクターをしていた加代さんからも、思わずため息が漏れる。


「独りよがりのプログラムはよくないのじゃ。もっとこう、参加者の目線に立って、彼らに分かりやすい感じの進行をしなくちゃいけないのじゃ」


「流石は加代ちゃん、わかりみがあるぅ」


「尻尾を切れば簡単に減量できると言っても人間には分からんであろう。そこを脂肪吸引に喩える。そういう心遣いができてこそのインストラクターなのじゃ」


「……うん、ちょっと、言ってる意味が分からないです」


 尻尾取ってダイエットってなんだそれ。


 霊基減らす感じの奴じゃん。


 そんでもって、取れた尻尾がそれぞれ自我を持って、一つがなんか人類史に牙を剥く感じの奴やん。


 狐だと常識的なダイエット方法なの。

 なんにしても、そういう落ち葉拾い見たいな小ネタはやめてフォックス。


「さぁ、それじゃぁ皆、まずはこのエアロバーを手に取るんだ」


「……ぶるぶる震える奴なのじゃ」


「あれ、そういう名前なのね」


「高くこれを両手に掲げて、そして瞳を綴じるんだ――。思い描くイメージはそう、生まれ故郷を魔物に襲われてしまった、そんな悲しいイメージ!!」


 お前がそれを言うんかいフォックス。

 どっちかって言うと、焼く側の黒騎士やってたお前が言うんかい、フォックス。


 つっと涙を滲ませて、ぶるぶる震える奴を掲げるシュラト。

 彼は長い髪を揺らして天を仰ぐと呟いた。


「そして、掲げた松明を自分の家に放り投げます――!!」


「「炎の出発それ主人公がやる奴!!」」


 黒騎士がやっちゃいけない出発方法。

 俺と加代は、こらまた絶対にうまくいきませんわと、シュラトのトンチキ講師ぶりに、思わずツッコミを入れるのだった。

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