異世界帰りの加代ちゃん(平常運転)編

第599話 久しぶりの出社で九尾なのじゃ

「どうも、ご無沙汰しておりました。桜でございます。この度は突然の休職で皆さんにご迷惑をおかけいたしました」


 朝礼。

 俺と加代が勤める会社の本社オフィス。

 ずらり立ち並ぶのは前野や俺の直属の上長。すなわち会社の同僚たち。隣に立っている人事部の部長に、うんうんと頷かれながら俺たちは彼らに頭を下げた。


 いやはや。

 異世界転移をすると、だいたい問題になるのがその転移していた時間である。

 古式ゆかしい正統派ファンタジー作品などとなると、向こうで経過した時間はごく僅かだったりして、異世界での成長を基に新しい人生を歩んでいくとか、そういう感じのオチに繋がることが多い。


 しかしながら、このお話は出ていけアンタは九尾さん。

 成長して、いつまでもいてねアンタは九尾さんになってしまったら、オチにならない。話にならない。


 そこは現実世界にトラブルがフィードバック。

 やんごとない感じになるようにできていた。


 つまり。

 異世界転移して向こうの世界で過ごした数ヶ月――うち一ヶ月はキングクリム〇ンですっとんだ――は、まるっとそのまま元の世界の時間経過に影響していた。

 入った時には冬だったが、帰って来た頃にはもう夏である。

 いやはや、恐ろしい話もあったものだ。


「のじゃぁ、それでもこうしてすんなりと復職させてくれるだけ御の字なのじゃ」


「連絡なしに十日休んだら、普通に解雇されててもおかしくないもんな」


 世の中の普通の会社はそういう風にできている。


 幾らホワイト優良企業。

 ボーナスの額と有給消化率に偽りなし。

 突然の有休にも上司と人事が優しくご対応。


 それだけ揃っていても、十日休んだら労働者は解雇できるのだ。

 無断で休むと、問答無用で解雇させられてしまうのだ。


 この辺りはサラリーマン〇でよく勉強させてもらったので、俺は詳しいんだ。


 まぁ、それはともかく。

 解雇されていてもおかしくなかったというのに、ここを紙一重、首の皮一枚で命数をつないでくれたのはほかでもない。いつもはとんと頼れないけれど、いざとなったらたよれる男――前野のおかげである。


 異世界に転移して俺たちが帰ってこれなくなって数日後。

 こいつがうちの親やら近所の住人やらに話を聞いて、うちの人事に話を付けてくれたらしい。


 もっとも、正直に失踪しましたでは話にならない。

 そこはそれ、言葉は選んで説明してくれたとのことだが。


 にっとこちらを向いて微笑む前野。

 持つべきものはなんとやら。俺がいない間に、一皮むけたのだろうか、少しばかり社内でも彼を頼りにする社員も増えてきているらしい。


 こりゃどっちが異世界に転移してきたのか分からんね――。

 そんなことを思った矢先。


「えぇ、長らく会社を休んでいた桜くんと加代さんですが、本日付で育休が開けてこちらの方に戻って来られることになりました」


「「育休!?」のじゃぁ!?」


「まぁ、最近は男性も子育てに参加するのが当たり前の時代です。桜さんまで休む必要がなかったんじゃないのとか。そこまでして嫁が心配かこののろけ。そもそもちゃんと籍は入れてんのか、そこんところどうなんや。などと思うことなく、優しく彼らを迎えてあげてください」


 聞いてない。

 聞いてないフォックス。


 俺と加代が育休に入ったなんて聞いてないし、してないし、そもそも子供なんていないってフォックス。


 どうしてそんなことになってしまったのか。

 考えるまでもないし、問い詰めるまでも無い。

 視線は既にその男をロックオンしている。


 したり顔をこちらに向ける前の会社からの同僚。彼はばちこーんと俺たちに向かってウィンクをかましながらその親指を立てたのだった。


 どう見ても、このアホの責任です。

 本当にありがとうございました。


「いやはや、しかし、それならそうと早く言ってくださいよ。夫婦なら、各種手当も出ますし、今よりちょっと生活も楽になりますよ」


「い、いやいやいや、それはその、なんといいますか」


「のじゃぁ。あの、今回はその、やむにやまれぬ事情があったといいますか。子供ができたとかそういうのではちょ」


「まぁ、子育てははじめが大変です。わが社としても、有望な戦力であるお二人のサポートに全力を尽くしますので、どうか頑張ってください」


 撤回、できる、流れじゃない。

 これはもう話を撤回できる流れじゃない。

 これで育休じゃなかったら、俺らこの会社に居られない、そんな空気だ。


 俺と加代は顔を合わせる。

 異世界転移やら、東南アジア旅行やらで、いろいろと経験した俺たち。

 そんな俺たちのコミュニケーションにもう言葉は不要だった。


「……はい」


「……これからも、ご迷惑をおかけするかもしれないかもしれませんが、よろしくお願いいたしますなのじゃ」


 ひゅーひゅーとなにやらはやし立てる口笛が鳴る。

 その甲高い音に少し神経を逆なでされながらも、暴発しそうになるのを我慢して俺と加代は頭を下げた。


 あぁ、穴があったら入りたい。


「……のじゃ、クビになるより、恥ずかしいことが世の中にはあるのじゃ」


「……あぁ。自分から辞めたら自主退社だものなぁ」


 とりあえず。


 前野ぉおおおお!!

 お前、前野ぉおおおお!!

 覚えてろよ、この野郎、馬鹿野郎!!

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