第569話 異世界転移の正体で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 魔法使いタナカは指名手配の悪い魔法使いだった。

 憤慨してまたブチギレる桜くん。彼の血管は、今日も破裂寸前。いつ、破裂してはいけない箇所で破裂しないかとひやひや。


 とかはともかく。


 逃げてしまったタナカ。

 彼が凶行に及ばないかと、すぐにその行方を捜そうとする桜。


 そんな彼の前に――。


「おまっとさん!! いやぁ、この作品で定期的に出番があるようになって、ちょっと嬉しいアネモネちゃんだよ!! ピースピース!!」


 現れたのは、異世界転移を司る女神。

 駄女神アネモネちゃんであった。


◇ ◇ ◇ ◇


「まぁ、結論から言うとね。大丈夫、大丈夫。今回のイベントは、クエスト失敗って奴ですね。カルマポイントもたまらず、異世界転移のヒントも得られず、残念無念また来週というだけの時間の無駄的イベントだったのですわ」


「……はぁ?」


「やぁん怖い、桜くんてば。そんな女神さまに怒りの矛先を向けなくてもいいじゃないの。せっかく親切で私が補足しに来てあげたっていうのに」


 ぶぅぶぅとかわい子ぶりっ子。

 冒険者姿に似合わないリアクションをする駄女神。


 こういう空気を読まないというか、TPOを弁えない発言が本当に腹立つ。

 しかも分かっててやっているというのがなおのことだ。


 怒髪天を衝くというが、髪が逆立つ気持ちが分かる。

 別に染めてもいないのに、怒りにより髪が金色のなるのが分かる。

 静かな怒りに目覚める感じだ。


 俺はそんな心地で、目の前の何やら訳知りの駄女神を睨みつけた。


 だから辞めてよと半笑い。

 そのままアネモネはしょうがないなぁという顔を俺に向けた。


「まず最初に。アイツの言っていた方法なんかで異世界転移なんかできたら、苦労しませんってーの。そらあっちこっちで転移が起こって、大混乱必至ってもんですよ。というか、そもそもそんな自然現象で異世界転移が起こられたら、女神の意味が薄まるってもんですからね」


「……のじゃ」


「他でもないこの駄女神が言うと説得力があるで」


「……それじゃ、まんまとタナカの口車に乗せられただけっていうことか?」


「そういうことそういうこと!! そして、タナカのやり方じゃ、絶対に異世界転移は起こらない……うぅん、厳密には異世界転移したような現象を起こすことはできるけれど、異世界から人が呼ばれたり、向こうへ移動したりということは起こらないわ」


 異世界転移の権能を司る女神が言うのだからそうなのだろう。

 とりあえず、大事にはなりそうにはないというのは一安心だ。


 この煽られ方で、違う方のストレス値はマッハで上がっているが。


「というか、そもそもガバガバの理論じゃない。世界に対して負の空気が溜まったら、それをガス抜きするために異世界間のトンネルが開く。ちゃんちゃらおかしくてへのかっぱっていうものよ。どうしてそのトンネルの開く先が、桜くんたちのいた世界だって特定することができるの?」


「のじゃ。言われてみれば、確かにそうなのじゃ」


「異世界が一つとは限らんしなぁ。確かに言われてみれば、そうかもしれん」


「それともう一つ。タナカの目的をちゃんと把握していないわ。彼は、異世界とのトンネルを繋ぐことを目的としているけれど、異世界に行くとは言ってないわ」


 そういや、確かにそうだな。

 ちょっと考えれば、旨い話だと気が付きそうなものである。

 いや、いつもの俺だったならば――それサギなんじゃないフォックスと冷静に切り返していたことだろう。


 いささか冷静ではなかった。

 元居た世界に戻れるかもしれない。その期待が、俺の判断を一時的に狂わした。

 そう言って過言ではないだろう。


 まったく今回ばかりは駄女神に言われるがままだ。

 何も言い返すことができない。


 ちくしょう。


「んじゃぁ逆に聞くが、タナカの奴はそもそもなんで異世界との穴を繋ぎたがっていたんだよ。いったい、奴は何をしようとしてたんだよ」


「んふふ。それ、知ってもなんの益にもならないことだけれど、聞いちゃう? それを聞いちゃいます桜さん? やぁん、助べえなんだから!!」


「いいからとっとと聞かれたことだけ答えろよ。なんでいちいち、お前はそうやって勿体つけるんだよ」


「あー、それ、助けに来てあげた女神に対する態度じゃないぞぉ。ちょっと、桜くん。その言いぐさは、先生傷ついちゃうなぁ、傷ついた、傷つきますわぁ」


 どうしようかなぁ、教えようかな、教えないでおこうかなぁ。

 そんなもじもじとした感じで勿体つけるアネモネ。

 じゃぁもういいよと踵を返そうとすると、まぁまぁ、そんなつれない反応しないでよと、駄女神はいい笑顔で俺を引き留めた。


 最初から話したいんじゃないか。

 だったら、素直にそうアプローチしてこいよ、フォックス。

 というのはともかく――。


「タナカの願いは単純よ。それはもう、あっちの世界に居たあなた達だって、ちょっと思っちゃうようなそんな普通の願い」


「のじゃ。普通の願い?」


「あんだ? 異世界でチートハーレムでも築きたいのか?」


「違うで桜やん、あれやきっと。異世界で美少女に転生して、いちゃいちゃこらこらな生活をしてみたい。別の自分になってみたい。そういうアレやで間違いない。ダイコンになったワイが言うんや、大正解やで!!」


 お前は、いやいやダイコンにされたんじゃなかったのか、ダイコンよ。

 そんなことを望む奴は、いるかもしらんが、なかなかマイノリティだろうよ。否定はしないが、確率は低いんじゃないのと眉を顰める。


 すると案の定、ふっふっふのふと、アネモネがいわくありげに微笑んだ。


 この表情は間違いなく、俺たちの推理の中に正解はない奴だ。

 はてさて、だとして、いったい何が正解なのか――。


「もっといろいろあるでしょう。異世界転移モノにしても、いろんなバリエーションが。何も向こうに行くばかりじゃない。そちらから呼ぶことだってあるかもしれないじゃない」


「……あっ」


「穴を開けて彼は向こう側に行きたかったんじゃない、向こう側からひっぱり出したかったのよ。異世界に住んでいる、自分にとって都合のいい人間をね」


 そう、それは異世界転移の王道。

 トラックに轢かれる前のスタンダード。


 誰もが夢見た、英雄譚の始まり。


「タナカの目的ってのはまさか」


「ちょっと、アカンて桜やん!! それは流石に、偉大な先人に対して失礼なパロディちゃうやろか!! いや、けどしかし、レイアー〇の時代からそういうのはあったし!!」


「タナカの目的はただ一つ!! 異世界から、自分の嫁を召喚すること――だったのだよ!! さぁ、なんだってーとお言い!!」


 誰が言うかよフォックス。

 けれど、思いはするよフォックス。


 完全に墓穴。

 タナカじゃなくて、ヤマグチだったか。


 昨今の流行に気を取られて、俺はどうやら大切なことを見過ごしていたようだ。


 そらそうだ。

 異世界側の人間が、転移したいと思うことなんてないもんな。


 今も昔も。

 異世界は――呼ぶ側だ。

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