第567話 タナカとトンズラで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 なのちゃんが夜なべをして作ってくれた稲わら人形。

 それを担いで桜くんはこの話の元凶である、タナカの元へと向かうのだった。


 しかし、その胸には一抹の不安を抱えて。


「これでようやく、俺たちは元の世界に戻ることができるのか……?」


◇ ◇ ◇ ◇


「おぉ!! おぉっ!! こんなに早く造ってきてくれるとは!! なんということ!! 貴方たちに仕事を頼んで正解だった!!」


「いや、まぁ、そりゃそう言ってくれるのは嬉しいが」


「ありがとう桜さん。そして、これを造ってくれたなのちゃんにも。これで、拙者の夢であった、異世界とこの世界を繋ぐ魔法についての検証が行える」


 俺の手を力強く握りしめて、腕を振る魔法使いタナカ。

 あまりに純粋な感じで腕を振って来る。まるで犬が尻尾を振るようだ。


 そう。

 純粋な感謝の気持ちは痛いほど伝わってきた。


 これだけ人に素直に感謝することができる人間に、悪い奴がいるだろうか。

 いないだろうねとは言いきれない。

 だが、この笑顔の裏にある感情については、あまり考えたくなかった。


 表情通り、純粋な喜びにその心は満ちている。

 そう思いたかった。


 以前教えて貰った、タナカの家を訪れた俺は、そこでさっそく彼になのちゃんが作った藁人形を見せた。それを見るなりのこの歓待。この歓喜である。

 キングエルフの言葉を胸に、どうにも気乗りのしない感じで訪れた俺は、その喜びようにすっかりと機先を制されてしまった。


 これだけ喜ばれれば悪い気のしない人間はいないだろう。

 商人プレイだけれども、すごい満足感だ。右上に、クエストを達成しましたと、でかでかと実績解除の文言がでているんじゃないか。

 そんなことをついつい思うくらいに、やりきった感がある。


 やはり、エルフキングの思い過ごしか。

 タナカからお礼として硬貨の入った袋を受け取ると、俺はなんだかきまりが悪くなって頭を掻いた。


「おや、どうかされたか桜どの?」


「……いやまぁ、別に。それより、本当にその魔法ってのは成功するのか?」


「それはもちろん。そのために拙者はこれまで迫害を受けながらも、魔法の研究を続けてきたのですからなぁ。むしろ成功しなかったら、穴に埋まってこの世から消えてなくなってしまいたい心意気でござる」


 いや、そういうことではなくってだな。


 嘘を吐いている訳じゃないんだよなと、そういうことを聞きたかったのだ。

 ただまぁ、この通り、彼も覚悟をして事には及んでいる。


 でなければ、ここまで感情をむき出しにした喜び方をするものだろうか。

 この喜び方は人間の悲喜こもごもを色々見てきた俺だから分かる。

 本当に、心の底から喜んでいる反応だった。


 やっぱり、エルフキングの疑いは杞憂だったんじゃないか。


「なぁ、タナカ。よければなんだが、俺たちもその魔法をするのに立ち会わせてもらうことはできないだろうか」


「……ほほう? 桜どのも異世界に興味があるのですな?」


「いや、まぁ、語ると長くなるんだけれども、まぁ、そんなところだ」


 俺はあえて、自分たちが異世界から来た人物であるということを隠した。

 それを言ってしまうのは、もし、魔法が何かしらの嘘であった時、彼に衝撃を与えかねない。そして、ともするとちょっとマッドな感じのする彼の視線が俺たちの方に向いていしまうかもしれない。


 なのちゃんのこともある。

 彼女はモンスター。討伐されても文句のない存在。

 そこに加えて、彼女の作り出した人形を生贄になどと言っている男だ。


 何を思いつくか分かったものではない。


 そこは一応、俺たちも安全を考えていく。

 まるっきりとまではタナカの事を俺も信頼してはいなかった。


 はたして、そんな俺たちの思惑を察しているのだろうか。おそらく、察していないだろうタナカは、うぅんと唸って一言。


「いいですぞ。是非いらしてくだされ。なに、明日の夕方にでもいやろうかと思っておりましたので」


「おぉ、本当か?」


「魔法使いに二言はござらん。奥方どのも興味がおありなのかな。あの大根も。なんにしても、連れ立って来られるがよろしい。拙者が編み出した世界線を越える秘法を、ご覧いたそう」


 そうタナカは俺に約束した。


 思えばこの時、不思議に思うべきだった。


 何故それまでに熱望していた魔法を、今すぐにではなく延期したのか。


 なぜ、翌日にしなければならなかったのか。


 そして、なぜ、彼の部屋には、生活感を感じさせるような家財の類が見当たらなかったのか。


 違和感はいくらでもあった。

 しかし、その違和感に気が付いたのは、翌日――。


「……のじゃ」


「……誰もいませんよやで、桜やん」


 タナカの奴に、まんまと逃げられてしまってからのことであった。


 そう。

 タナカは忽然と、俺たちの前から姿を消した。

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