第541話 密航(やばくない)で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 隊商の隊長は玉なし野郎。

 強い相手には巻かれろ巻かれろな情けない男であった。


 はたしてこんな男が後に世界を救う助けをするとは。

 この時の桜たちは思いもしないのであった。


「……なんだこのあらすじ?」


「のじゃ。ちょいちょい、最近は話が脱線している気がしておったが、今日はとくにひどいのう」


 向こうの作品でも結構押してるコンビの片割れですので。

 そりゃちょっとキャラの掘り下げにも力が入りますって。


◇ ◇ ◇ ◇


 情けない隊商の隊長への挨拶を終えた俺たちは、自分たちに宛がわれた荷馬車へと戻って来た。


 二頭引き。

 いかにも使い古された、荷物を運ぶ専用という感じの馬車。


 正直に言って、これに乗って数日間移動しろっていうのはしんどい。

 動くたびに、ガタガタと上下方向に揺れる車輪は安眠とは程遠い。あるいは、街を出ればそんなことは気にならなくなるのかもしれない。だが、長距離バスだってしんどい軟弱現代人である俺には、とても耐えられる自信がなかった。

 それでも耐えなくちゃいけないのだけれども。


 まぁ、徒歩で隊商についてくる人間もいる。

 こうして馬車に乗せて貰えるだけでもありがたいらしい。


 文句は言うもんじゃない――が、それでもやっぱり嫌なモノは嫌だ。贅沢な話しかもしれませんがね。はい、クソでどうしようもございません。


「はー、これから一週間くらい、この馬車で移動とか、考えただけでテンション下がるな」


「のじゃぁ。まぁ、仕方ないのじゃ。歩きの旅は前回ので懲りたじゃろう」


「そこに加えて、今回はなのちゃんとドラコをばれないようにしなくちゃいけないっていう」


「のじゃぁ。まぁ、遣唐使の密航に比べれば、たいしたことはないのじゃ」


 そこで歴史的事業を引き合いにだすかね。

 そして、大したことないとか言っちゃうかね。

 ほんと素敵ねこの三千年生きたオキツネ様は。


 俺、加代さんのそういうタフネスなところ、本当に尊敬しているわ。

 マジリスペクト。


 のじゃ、なんなのじゃその顔はと同居狐からじっとりとした視線が飛ぶ。

 それをのらりくらりと躱して、俺は台車に乗り込んだ。


 突き当り、御者台の方には藁の束がもっさりと盛られている。

 あれをベッドに休めということだろう。


 だが、どこから持ってきたとも分からない藁の上で寝るというのもこれまたいささか抵抗感はある。持ってきたシーツを上に被せたいところだ。


 そして、一応その手前に、荷物ということで木箱が置かれているのだが。


「……桜お兄ちゃん、出ちゃだめなのぉ?」


「きゅるくぅーん」


「なのちゃん、あかんで。大人しくしときぃ。隊商の奴らに見つかったら、なのちゃんみたいなかわいこちゃんモンスター、どんな目に合わされるかわかったもんやあらへんさかいな。ワイも見つかったら――女隊員の夜のお供としてエブリデイがナイスデイ!? ひゃっほうこうしちゃいられねえ、待ってろおねーちゃん!!」


 箱の中には植物少女と草編みドラゴンとアホダイコン。

 密航なのだから仕方ない。荷物に紛れて移動するのは、あっちの世界でも、こっちの世界でもセオリーだ。


 けれどもダイコン、お前は許さん。


 大人しくしていろと、俺は前の旅で培ったスキルでダイコン野郎を荒縄で縛り上げる。


「あぁん、また、干し大根はいやん」


「別に壺の中に漬けて、ぬか漬けダイコンにしてやってもいいんだぞ」


「そんな、捕食されるヒロインみたいなマニアック属性!! 業が深すぎるで!! けど、ちょっとなってみたいマニアックなワイが居るのも事実!!」


 マジかよマゾダイコン。

 なんにしても、このアホの与太話に構っていたら日が暮れる。


 ついでに――。


「どうかしましたかのう」


「いいえなんでもありません」


「気にしないでくださいですどうぞなのじゃ」


 御者台には、事情を知らない人がいる。

 うかうかと話していて、こいつらの存在を知られてしまったら、何を持ち込もうとしているんだとつまみ出されるのがオチだろう。

 静かに、そう、息を殺すように。


 しぃと俺は唇の前で指を立てると、なのちゃんたちに静かにするように頼む。


「なのぉ、窮屈なのはしんどいなの。それでなくても退屈なの」


「きゅるきゅるくぅん」


「なのちゃん、まぁ、こればっかりは仕方ない。ちょっくら我慢してくれ」


「のじゃ。あっちについたら、好きなだけ光合成させてあげるのじゃ」


 励ましてはみるものの、それでもいまいち元気のでないなのちゃん。

 やはり暗くてじめじめとした場所というのがよくないのだろう。


 もうちょっと、彼女のことを考えていろいろと準備するべきだった。

 いまさら後悔が頭を過る。

 といっても、何ができる訳でもない。

 何を思いつくものでもない。


 見た目相応に遊び盛りななのちゃん。

 そんな彼女に一週間箱の中というのは辛いだろう。


 なにか手慰みでもないものかと思ったその時。

 ちょうどいいものを、俺は握りこんでいることに気が付いた。


 そう――。


「なのちゃん!! 心配せんでも、このダイコンのお兄ちゃんが遊んだるさかい、安心してや!! せやな、まずはお人形ごっこでもしようか!! なのちゃんがホワイトリカーちゃんで、ワイが二階堂くん……へぶっ!!」


「そうそう、これ。ここの隊長さんから貰ったんだ。よかったら、遊びなよ」


 そう言って俺が手渡したのは、くまのあみぐるみであった。

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