第486話 旅の始まりで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 カタクリの花が育っているなら大陸の北の方だろう。

 その情報に従って、北にある中央大陸の街リィンカーンへと向かおうとする桜。

 しかしながら異世界旅はモンスターと戦う危険が伴う。


 そんなわけで。


「行かないか?(ウホいい男感)」


 桜は依頼主の黒騎士に対して、逆に依頼をし返したのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「委細承知した。首都リィンカーンへの旅への同行、この黒騎士シュラトが請け負おう」


「……うっそ、マジで」


 マジでとはなんだと黒騎士がむっと眉根を寄せる。

 いや、受けてくれてくれるとは思わなかったからと、素直に言い返すと、彼ははっはっはと闊達に俺の言葉を笑い飛ばした。


 なんだかよく分からないけれど、彼が気のいい奴だということはよく分かった。

 そして同時に頭が弱いことも。


「このシュラト、頼られたならば応えるのが信条である。もっともそれよりも優先するべきことはあるが――桜どの、命の恩人である貴殿の頼みとあれば、その護衛を引き受けることやぶさかではない」


「……いいの? 本当にいいの?」


「くどい!! 男に二言はない!! それに、私のためにここまでしてくれたのだ、それに応えなければ男ではないだろう!!」


 男か、男でないか。

 それについては色々な考え方があるので、一概にどうこうということは難しい。


 けれども、俺はもう一度問う。


「いいの? いや、もう、何だったら一人で取りに行ってもいいのよ?」


「大丈夫だ!! 安心しろ!! 貴殿の旅の安全はこの私が保証する!!」


「いや、だから、そうじゃなくてさ――」


 既に、カタクリが栽培するのが難しいことは告げた。

 苗を分けてもらわなければいけないことも告げた。


 ここまで来ればもう話は簡単だ。

 今すぐに、それを手に入れようと思うのならば、俺たちに依頼した栽培の話をなかったことにして、それを既に栽培している人たちと話をつけるべきである。


 そう。


 俺たちがそれを取りに行くことに、付き合う義理なぞ最初からない。

 無理だと分かった時点で、そして、それが首都リィンカーンにあると分かった時点で、シュラトが勝手に行けば話はすむのである。


 俺たちのような足手まといなど放っておいて、勝手にやればいいだけ。


 なのに――。


「安心してくれたまえ、こう見えて、剣にも魔法にも自信はある。これでも私は魔法戦士なのだ。どのようなモンスターが襲って来たとしても、危なげなく対処してみせよう」


「はぁ、そうですか」


「心強い用心棒を得たと思ってくれて構わない。ふふっ、旅は道連れとはよく言ったものだが大いに頼ってくれたまえよ、桜どの」


「……はぁ、では、お言葉に甘えさせていただきます」


 得意げに腕を組んで言う黒騎士を眺めて俺は思う。

 こいつ、いかにもできる戦士という風格を漂わせているが――。


 めっちゃアホだ。


 すこぶるアホだ。


 ごんぶとアホだ。


 加代とどっこいどっこいでどアホうだ。

 出ていけ君は黒騎士くんレベルでアホな奴だ。


 ふはは、ふっはっはーと、謎の高笑いを浮かべるアホ黒騎士。そんな彼を眺めながら――まぁ、せっかくファンタジーの世界に来たのだから、ちょっとくらい冒険してみるのもいいのかなと、俺はそんなことを思って頭を掻いた。


 いや、ちょっとの冒険で済めばいいのだけれど。

 正直に言って――。


「頼んだはいいけど、めっちゃ不安な護衛者だよなぁ」


「どうした!? 何か心配ごとでもあるのか、桜どの!!」


 お前のその態度が心配だ。

 そう言ったらこのアホ黒騎士はたぶん傷つくんだろうな。

 なんかこう、妙に繊細そうな所があるし。


 なんだろう、いつか本当にしょうもないことで大ポカやらかして、いろんな人に顔向けできないような事態を引き起こさないだろうか。

 つい最近知り合ったばかり。赤の他人と言って差し支えない相手。

 だが、俺はちょっと目の前の自信に満ちた顔をする黒騎士のことを、心配に思わずには居られないのだった。


 うぅん。


「シュラトくんさ」


「うん、なんだ、桜どの」


「間違っても周りに担がれて勢いに任せてやっちゃったりしたらダメだよ。ちゃんと信頼できる大人の言うことをよく聞くんだよ」


「大丈夫だ!! 俺の周りには信頼できる大人しか居ないからな!!」


 ――その答えが本当に不安。

 いい歳だよね、この人。うん、なんでそんな他力本願なの。

 逆に怖いよ。


 これが異世界の当たり前なら、それはそれでことだよ。

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