第481話 黒騎士お悩み相談室で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 こんな黒騎士が、ラスボス手前の強キャラの訳がない。


◇ ◇ ◇ ◇


 黒騎士シュラトを水質管理センターに招く。

 とりあえず、鎧を脱がせて服を着替えさせると、俺は彼に水路に落ちるまでの事情を尋ねた。いや別に、尋ねたくもなかったけれど、なんか流れで尋ねた。

 水質管理センターだけにね。


 いやまぁ、一応、今後似たような話が起きないようにとそういう意図だ。

 仕事だ仕事。そうでなければ、男にそんな話聞いてどうなるってもんである。


 すると、なにがどうしてか、いきなり泣き出す黒騎士。


「うぅっ、聞いてくれるか、魂の友よ!! そう、全てはこの街――いやこの島に来たのが間違いだった!! この中央大陸にしか存在しないという――!!」


「いや、そういうのいいから、質問にだけ答えてくれ」


「うぐっ、意外に仕事にシビアだな。ちょっとくらい愚痴を聞いてくれてもいいじゃないか。まぁいい――そう、まぁ、なんだ、つまるところ簡単に言うならば」


「簡単に言うならば?」


「……流れ牛に跳ね飛ばされて、水路に吹っ飛んでしまってな」


 流れ牛に跳ね飛ばされる。

 うむ。まず、牛が流れるというその現象からして、なんか話がおかしいだろ。

 いったいどうすりゃ牛なんて流れてくるんだよ。


 そんな牛が流れてる光景なんて、かれこれこっちに転移してきてから暫くになるけど、一度も遭遇したことないよ。


 馬鹿言ってんじゃないよ。


「あー、流れ牛か。あれは仕方ないよね。正直に言って」


「そうなんだ!! 仕方ないんだ!! まさかこんな街中でも牛が流れるようにやってくるなんて、そんなこと思ったこともなかったんだ!!」


「俺も思ったことないんだけれども」


 立ち聞きしていた上司が、仕方ないよねーと黒騎士に同調する。

 そして、流れ牛という謎の現象を肯定する。


 あるのか流れ牛。そして、割と一般的なのか。

 職場なので大根太郎は一緒じゃないのだけれど、いきなり飛び出してきたこの世界のへっぽこぶりに、思わず俺は頭を押さえた。


 さっぱ〇妖精とかが頭の上で踊ってそう。

 はー、さっぱりさっぱり。

 絶対ろくな異世界じゃないよ。

 ちょっとギャグ入った、すっとぼけファンタジーだよ。


「普段ならば鎧を着たまま水の中を泳ぐなど訳ないのだが。長旅の疲れか足がつってしまってな。そう、それもこれも全部、この大陸にしか自生していない――」


「牛に跳ね飛ばされて、脚が攣って、溺れかけた。ギャグマンガのテンプレかよ」


「辛辣だな魂の友よ!! いい人だと思ったのに!! というか、人の話を少しくらいは聞いてくれてもいいだろう!!」


 うるせぇ。

 こちとら別に魂の友なんていう、暑苦しいものになった覚えはないんだ。

 そんなジャイアニックな友なんてノーサンキューだってえの。


 ただでさえ、大根太郎というすっとぼけが最近増えて困っているというのに。

 これ以上、知り合いに問題児を増やさないでフォックスフォックス。というもんである。


 というか、加代さんの世話だけで、俺はもう手いっぱいなんですよ。

 割とマジで。


「なんにしても、命に別条がないなら一安心だ。こっちで泊まる所にあてはあるんだよな」


「あぁ、宿屋は抑えてある。なんといってもこの大陸でしか育たない幻の――」


「んじゃまぁ、落ち着いたら帰ってどうぞ。何をしてるのか知らないけれど、頑張ってね」


「酷い!! 最後まで話くらい聞いてちょうだいよ!!」


 追いすがる黒騎士どの。

 あぁ、もう、心底うざったいなこいつ。


 だいたいさっきから、この大陸しかどうのこうのって、まるで外からやって来たみたいに言うけれどもさ。


 ――うん?


 俺と上司が目を合わせる。

 どうやら、上司も俺と同じ疑問を抱いてしまったらしかった。

 すぐにその視線は、なにやら、意味深な発言を繰り返す、黒騎士へと向かう。


「あれ、もしかして、この大陸の人じゃない?」


「他の大陸――もしくは、東の諸島から流れてきた人?」


 ふっ、と、何やら不敵に笑う黒騎士。

 それから彼は、憂いを帯びた視線で俺たちに言った。

 そう、まるで何か深い悲しみと宿命を背負った戦士のような顔で。


「どこから来て、どこに行くのか、そんなの些細なことじゃないか。すまないが、訳あってどこから来たのかについては言うことはできないんだ」


「「絶妙に腹の立つ奴だなほんと!!」」

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