第470話 そもそもの目的で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 桜くん、久しぶりにギャンブルに行くことにするの巻き。


「桜よ!! 幸せと不幸せの総量はちょうど釣り合いが取れるようにできておるのじゃ!! 幸せになった分、すっかりとすってくるのじゃ!!」


「おうよ!!」


「だからなんでそんな考えになっちゃうかなぁ」


「なの。さくらお兄ちゃんたち、たいへんなじんせいを歩んできたかんじなの」


「きゅるるくるぅん」


◇ ◇ ◇ ◇


「ジャックポット!! ジャックポットです!! すごい、このお客さん、何かを持っていらっしゃる!! なんという強運!! 本日三度目のジャックポットです!!」


 じゃらりじゃらりと下皿に溜まっていくコイン。

 金色をした真鍮の硬貨。

 そいつを眺めながら、俺は頭がくらくらとする感覚に酔っていた。


 カジノのけたたましい音が原因ではない。

 後ろから浴びせかけられる怨嗟の声や視線が原因ではない。

 目の前で起こっている、あきらかに自分でも異常だと感じる強運ぶりに、信じられなくて目を剥いていたのだ。


 流石の腐れダイコンも言葉を失くす。

 人には幸せになる権利があるとか、そんなことを言っていた彼だったけれど、明らかに人の身には余る幸運を前に、いつの間にかその頭を緑色に染めていた。


 すりおろしたら、思いっきり苦そうだな。


 いや、まぁ、それはさておいて。


「……おかしい」


「いや、待て待て、桜やん。そんな悲観した顔するなや」


「いやだっておかしいだろこんなん。異世界転移したら、カジノで大勝ちしてまた資産が倍になるとか。いやもう倍じゃないよ。三倍だよ、三倍から四倍だよ。より正確に計算すると、元手が――」


「計算せんでええから!! ええから落ち着くんやで桜やん!!」


 これが落ち着いていられるかよ。

 俺は大根太郎を力いっぱいにカジノの床に叩きつけた。


 大根くだき。

 煮物にするには美味しいくらいの大きさに粉々にした。


 そして顔を覆った。

 もうどうしていいかわからなくて顔を覆った。


 なんなのこのチートもないのに楽勝な転移生活。

 俺、そんなたいそうな人間じゃないのに、こんな順調に異世界での転移生活が上手くいくとか、正直に言って怖いんだけれど。


 怖すぎるんだけれど。


「なんだよこの異世界転移!! 普通、チート能力はあっても、なんかこう、イベントがあって適度に苦労しつつするもんじゃないのよ!! なのに、チートもないのにやることなすこと上手く行くのよ!!」


「……適度な難易度がないと、読者もなんじゃこれって離れるもんやでなぁ。なんていうか、目的もなく本当に異世界に放り出されたというか」


「本当にそれだよ!! なんなんだよこの異世界転移!! 目的が不明瞭なんだよ、そのくせ生活はしっかり行くとか――」


 そう言って、俺は自分で自分が抱えている不安の正体がなんなのか、ようやく理解したのだった。


 そう、幸せになっても、幸せになっても、どこかで不安に感じてしまう。

 どこかで帳尻合わせの不幸が襲ってくるのではないか。

 そもそも、幸せを喜ぶことができない。


 幸せを享受することのできない、その根本的な理由を。


「そうか、そういうことか」


「なんや桜やん。どうしたんや、そんな目をひん剥いて」


 リスポーンした大根太郎が不思議そうにこちらを見つめている。

 スロットマシーンの下皿から、しれっと硬貨を拝借しようとした彼の青葉を掴み上げて、俺はその不安の正体を、彼に向かってはじめて言語化した。


 そう、俺と加代が本質的に恐れていたこと――。

 いくら稼いでも、安心できない理由。


 そして、駄女神が大根太郎とは別に俺たちに施した呪い。


「この異世界転移の目的が、まったくわからないから素直に現状を喜べないんだ」


 不安の核心はまさしくそれであった。

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