第451話 仕事が楽しくって九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
桜と加代はスイートホーム、そして頼りになる娘とペットを手に入れたぞ。
「ワイ!! ワイのこと忘れて貰ったら困るでしかし!! 大根太郎をよろしく!!」
「……非常食」
「……食いたくないけど、非常食なのじゃ」
「非常食ちゃう!! あかん、あかんで自分!! そんなん歩きダイコンイーターなんて許されませんわ!!」
そんな感じで、二人のゆるふわ異世界転生生活が幕を上げるのであった。
冒険とかナシの方向で。
「「家一つ手に入れるので、結構冒険だった気がする」のじゃ」
◇ ◇ ◇ ◇
美しい、汗を、かこう。
額に汗して働くということが素晴らしいことを示した名文だ。
その昔はよく聞いた気がするけれど、最近はとんと聞かなくなったのはどうしてだろうね、何かあったのかしらん。
なんにしても、額に汗して稼ぐことの気持ちよさよ、楽しさよ。
「言うて、上下水管理センターで、流量調整しているだけなんですけどね」
ここは上下水道センター。
その制御を一手に引き受けているPC〇8の前。
その16ビットカラーのディスプレイを眺めながら、俺はぼへーっと気の抜けた顔をするのだった。
うん。
「一日中こんなレガシーなパソコンの前に座ってるだけで、食っていけるんだから楽なもんだわ。異世界転職して最高って奴ですわ」
「いやぁ、桜くんが来てくれて助かったわ。まさかそのよく分からない水晶に表示されている内容が分かるんだから。おかげで流量の管理が適切にできるようになって、事故が減るわ減るわ」
「……よく今までこれ、フィーリングで制御してましたね」
「本当だよ」
わっはっはと笑う俺と上下水道センターの上司。
異世界に先に転移していてくれて助かったよ古いパソコン。
そして、そんな古い環境で仕事をしている人間。
元居た世界と異世界とでは、流れる時間も違えば、仕事の仕方も違う。なんとものんびりとした、これまでに経験したことのないまったりとした業務をこなしていると、俺は異世界に転移したことを、柄にもなく感謝してしまうのであった。
あ、これ、もう異世界にずっと永住する感じでいいや。
「桜くん、いい時間だしおやつの時間にしよう。お茶菓子にタルト買ってきたけどどう?」
「いいんですかぁ?」
仕事中に、おやつの時間とか、いいんですかぁ。
いんだなぁ、これが。
ひゃっほう、異世界ってば最高だぜ。
◇ ◇ ◇ ◇
「んで、加代ちゃんの方のお仕事はどうなの?」
「のじゃぁ、まぁ、簡単な事務仕事なのじゃ。冒険者が申請した依頼達成の申請書に、判子をついて、預かっていた依頼金を渡しておしまい。正直、子供でもできるお仕事なのじゃ」
「ポカしてクビになる予定は」
「ポカする余地がないのじゃ。というか、この世界の人たち、そろばんとかそういうの使わないから、
のじゃぁ、と、加代と顔を合わせて茶をしばきながら息を吐く。
なるほどそうか加代さんもお仕事順調か。
異世界転職成功組かァ――。
「アイディンティティ!!」
「クライシス!!」
「なんでのほほんとお茶飲んでるのじゃ!!」
「そう、それだよ!! 異世界転移してまでお仕事クビになりに来たのに、なんでこんな普通に仕事上手くいってるの!? 意味がわかんないんですけど!!」
「のじゃ、しかし、この久々に得る充実感!!」
「そう、まったりと、自分のペースで働ける、自由な感じ!!」
「「異世界転職してよかったと心の底から思うこの感じ!!」なのじゃ!!」
「かよお姉ちゃん、さくらお兄ちゃん、お茶のおかわりいるー?」
「きゅるるーん」
なんかいい感じにお茶を運んでくるなのちゃん。
彼女の後ろにくっついて、人懐っこさ全開でやって来るドラコ。
こんなかわいい娘っ子までついて、お仕事は楽、生活苦もない、そして家は広いと来たもんだ。
なんだこの異世界。
なんだこの異世界転移。
「テコ入れの必要あります、女神様!?」
思わず叫ばずにはいられなかった。
そんな俺に、びくりとなのちゃんが肩を震わせる。
怯える彼女に大丈夫だよと言おうとしたその時――。
「てぇへんだてぇへんだ!! てぇへんだってばよ桜やん、それに加代やん!!」
「「大根太郎!!」」
大根太郎が家に飛び込んできた。
そう、なんかリスポーンした感じに、生き生きとした、ツヤのいい肌で。
「一か八かで公衆浴場に入ってみたんだけれどよ、分かったぜ――女の子の定義が!! だいたい服が透けて見えるのはじゅガッダイ!!」
「「グッバイ、スケベ大根、フォーエバー」」
世は今日もこともなしなのであった。
まる。
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