第401話 狐トラ野郎で九尾なのじゃ

 ふんふんふん遠くへ行きたい。


 という訳で、東尋坊にやって参りました。

 私、本日の旅人――桜くんになります。


「いやぁ、ドラマの自白の名所としても有名ですが、ほんと、なんていうか高所恐怖症の人間にはきつい現場でございますね」


 思わずすくむ足。

 切り立った石の上から寄せる波を見ているだけで、こう、二つのタマタマが、ひゅっとなるような感じがしますな。

 一歩踏み外したならどうなることやら。考えただけで体温が下がる。


 いやぁ、そこに加えて夕暮れ。

 これがなんといいますかムードを盛り上げる。

 仕方なかったんです、つい出来心でと思わず自供したくなる。


 いやぁ、火曜日サスペンスですなぁ。


「平日に何やってるんだろう……」


 そう、平日であった。

 平日の夕方だというのに、俺は何故か東尋坊に来ていた。


 仕方ないのだ。

 北陸新幹線が開通してしまったから。

 休んで一日で行けるところに東尋坊があったから。

 そして、今のお仕事が、結構タイトで――なんというか会社から、仕事から、そして現実から逃げ出したくなったのだ。


 こういう時、ホワイト企業は、何も言わずに有休を使わせてくれるから助かる。


 このまま海に身を投げようかな――とか思っていた俺だけれども、実際にサスペンス劇場で舞台にされる場所を目の前にすると、そんな気持ちもひゅっと縮んだ。


 人間生きていてなんぼだ。

 なに、仕事を失敗したからって、命を取られるわけじゃないんだ。


「明日から頑張りゅ!!」


 そう決意して俺は東尋坊を後にしようとしたのだった。


「――福井駅への最終便でまーす」


「おわぁあぁっ!? マジかぁっ!?」


 ボケッとしてたらバスの最終便。

 待って待ってと手を上げたが、たまたま通りかかった団体観光客にさえぎられて、俺の姿はバスの運ちゃんには見えなかったらしい。


 福井駅行の最終便はドナドナドナーと行ってしまったのだった。


 嘘だろフォックス。

 明日から頑張ろうと思ったところじゃないかよ。その出鼻をくじくような、こんな展開ありますかね。


 あ、これ、あれですか、東尋坊にとどまれってことですか。

 やっぱりそういうことなんですかね――。


「……行こう、海が、俺を読んでいる」


「へい、あんちゃん!! どうしたんだい、そんな暗い顔して!! なのじゃ!!」


「そ、その声は!!」


 行ってしまったバスに入れ替わり、東尋坊の駐車場に入ってくる車が一つ。デコレーショントラック。油揚げに桜吹雪という意味の分からない色どりに、アメージングジャパンと団体客が声を上げる。

 そう、そしてその操縦席からは、ねじり鉢巻きにどてら姿――胸がないのがよく似合う――女前トラック運転手加代さんが顔を出していた。


「帰るバスを逃しちゃったのじゃ!! だったら乗っていくのじゃ!!」


「加代さん!! こんなところまで俺のことを心配して――!!」


「馬鹿!! 男がめそめそとしてるんじゃねえよなのじゃ!! おう、さっさと乗っちまいな、わらわも急いでいるのじゃ!!」


 そう言って、トラック加代さんは俺に優しく微笑むのであった。

 加代さん、まじ今日だけは男前だぜ――。


◇ ◇ ◇ ◇


「しかし、こんなデコトラ持ってたんだなお前」


「のじゃ。配送業はなんだかんだで鉄板なのじゃ。陸運はいつの時代もなくならないのじゃ。という訳で、止むをえずという奴なのじゃよ」


「……その割には気合いの入ったデコトラだけど」


「のじゃ、気のせいなのじゃ」


「あと、密かにサンバイザーに俺の写真が飾ってあって照れるのじゃ……」


「のじゃぁ!! トラックは運ちゃんの城!! 仕方ないのじゃ!!」


 だからってそんな俺色に染めなくてもいいじゃないのよ。

 けど、ありがとう加代さん。ちょっと元気出たよ。


 本当。

 明日から頑張ろう。

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