第399話 勉強は難しいで九尾なのじゃ

 まぁ、つい最近資格勉強をして、自分の頭の悪さを思い知った訳だが。


「俺まだ三十なのに、なんでこんなに覚えが悪いのかね」


「のじゃ。何をまた唐突に」


 資格試験の日から一週間後。

 インターネットで出ていた資格試験の模擬回答と自分の持ってきた問題集の回答を眺めながら、俺はむむむと唸り声を上げてしまった。


 そりゃそうだ、正答率30パーセントを切っている。

 お前、マークシートが5択だとして、20パーセントだ。適当にマークしたって、取れる点数から10パーセント上ってそれはどうなのだろうか。


 いや、勉強していて、向いていないなとは思っていた。

 思っていたけれど、ここまで酷い結果になるとは俺も思っていなかった。

 せめて40%あるいは50%くらいの点数が取れるだろうと思っていたのに――これだ。


「俺、勉強向いてないのかね」


 ぐったりと、ちゃぶ台に頬を寄せてうなだれる。

 それから鼻先を卓に押し付けてそんなことを呟く。

 のじゃぁと俺の横で問題集を手に取る加代さん。すると、まぁ、今回は仕方ないのじゃと、難しい顔をして俺を見るのだった。


「専門外の資格試験ではのう。そりゃ、初回はこんなものであろう」


「いやけど、一応ネットの資格試験の情報サイトで、何時間勉強すればおkとか調べたんだぜ。それに合わせて時間も取ったのに」


「あくまでアレは目安なのじゃ。人間には向き不向きがあるからのう、今回の試験はお主にとって鬼門であった。ということにしておくのじゃ」


「慰められたのやら、馬鹿にされたのやら」


 慰めてるのじゃと俺の背中をさすりながらいう加代さん。

 こいつにこうされると、少しばかり、自分のバカさ加減に呆れかえってやさぐれた心が癒されていく――そんな感じがした。

 感じちゃいけないのかもしれないが。


 いや、それでも、そうやって慰めてくれるだけありがたいものである。


「のじゃ、わらわも頑張って頑張ってお仕事しておるが、よくクビになるのじゃ、それと同じ」


「いや、それと同じにしないでくれよ」


 のじゃぁ、と加代が残念そうな声をあげる。

 だが、これだけは、はっきりと言っておきたかった。


 お前のは単純にポカだろう。

 というか資格試験と仕事をクビになるかならないかは、まったく別次元の話だ。


 資格試験は単純にてめぇの勉強能力不足。

 仕事をクビになるのは単純に自分の注意不足だ。


 なんというか、巧くたとえることができないが――。


「資格試験は言ってしまえば、就職試験みたいなもんだろう。加代、お前さんは、就職には成功しているんだから、クビになるのと一緒というのは、ちょっとおかしな話だ」


「……のじゃ、そっちに話が繋がるのかえ」


 少しだけ真剣な顔をして加代が俺に言った。

 まぁ、うん、なんというか――。


 今回はどちらかというと、俺の方が馬鹿にされるべきだろう。

 ふだんさんざん、九尾がクビになるとかネタにしている手前もあって、それを認めるのはちょっと悔しい部分もあるが――。


「こんなことを自分で言うのも情けないがよう、俺は就職する以前の所でコケてるんだ。実際、今の会社に就職するのだって、割とすんなり決まったように見えて、苦労しちまってる。そういう意味で、お前の方が俺より人間として一等上だよ」


「……桜」


「天は人の上に人をつくらず――の言葉を引用して福沢諭吉は言っている。勉強できるかできないかで、人間の人生に差はできると。はぁ、なんというか、自分がそういうできない人間だというのが分かって、ちょっとショックだよ」


 プライドもへったくれもなく、なんというか打ち砕かれた気分だ。

 学のない言い換えで申し訳ないが衝撃だった。


 はぁ……と、溜息を吐いたところで。


「一度くらい、失敗したくらいで何を弱気になっておるのじゃぁ!!」


 加代さんが尻尾をおったてて怒髪天ならぬ怒尾天。俺をじろりと睨みつけて、こやーんと机を叩いた。


 え、加代さん、マジキレですか。

 なんで。いや、本当に、なんで。


 今、キレるようなところありましたっけ。何もなかったように思うのですが。

 すると加代――桜よとさらに怒気が増した瞳でこちらを見つめて、とつとつとしゃべり始めるのだった。


わらわがただ、お仕事をクビになっているだけじゃと、お主は勘違いしておるのではないか?」


「……え? いや、だって、そういうキャラでしょ、加代さん。何度就職しても、九尾クビになるって、そういうギャグじゃないの!!」


「……九尾クビになるまえから、おコンとわりされることもあるのじゃ!! のじゃ!! 就職活動はトライ&トライ!! 一社落ちたくらいで凹んでいては――生きていけないのじゃ!!」


 マジか加代さん。

 そんな、九尾になる前段階でも、躓いていたんかい加代さん。

 ほいほいと、まるで気軽になんでもないように俺の職場やプライベートに現れるものだから、てっきり就職するのだけは上手いのかと思っていたが――。


 いや、うん、よく考えてみろ。


「そういや、お前、結構怪しい仕事もいろいろしてたよな」


「したくてそういう仕事をしている訳じゃないのじゃ!! 生きるってのは難しいのじゃ!!」


 初期の頃の、割とフリーダムな仕事っぷりを思い出して俺は悟った。


 加代、就職先にも苦労していたんだな。

 そうか、そうだよな――。


「九尾になる前で、それだけ苦労してるんだ。俺も試験に一度落ちたくらいでどうこう言ってたら、お前の同居人として失格だわな」


「桜、分かってくれたのじゃ」


 すっと、尻尾と耳を隠して落ち着いた加代に俺は微笑みを向ける。


 この九尾の同居人に誇れるような、立派な男になろう。

 そのためにも、試験に落ちたくらいで、がたがたいうのはよそう。


「何も落ちたら即死ぬデスゲームやってる訳じゃないんだ。また、来年受ければいいだけの話だ。それを、深刻に考えすぎだったな」


「……分かってくれたか桜よ」


「おう。ありがとうな加代。お前のおかげで、ちょっと元気が出たぜ」


 ならばなによりなのじゃと微笑む同居狐。

 その満面の笑顔に、俺もまた笑顔を返しつつ――。


「けど、実際問題、どれだけお前、おコンとわりされてるの? 大丈夫なの?」


 今度はこっちが真顔で、彼女の就職活動状況を聞かずにいられなくなった。

 お前、いうてこの街そんなに広くないんだから、それほど仕事がある訳じゃないのに。

 大丈夫なの、フォックス。


 さて、どうなのじゃ、と空とぼける加代。

 その肩を俺は強く持って揺さぶるのだった。


 はたして、彼女が安定した職にありつくのが先か、それとも、この街の職がなくなるのが先か。


 九尾娘の明日は――どっちだ。

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