第393話 転職サイトで九尾なのじゃ

「最近、前野が転職サイトを見てるのじゃ」


「……マジで?」


 夕食時、我が社のセキュリティポリス、加代さんから謎の相談を受けた俺は、思わず食っていたおいなりさんをちゃぶ台の上に落としてしまった。

 あぁ、もったいないと叫ぶ加代。


 フローリングの上を転がったそれを手に取ると、三秒ルールと口に運ぶ。

 いや、三秒以上転がっていた気がするんですが――まぁ、いいか。


「加代さん、つまり、それは前野が転職しようとしているという解釈で問題ありませんか?」


「問題ありませんのじゃ」


「前野の癖に?」


「前野の癖になのじゃ」


 前野。


 ウチの会社で使えない社員の代名詞である前野。

 宴会部長の名を背負い、イベントごとの幹事だけは上手い前野。

 まったく仕事はできないが、こと上司ウケとクライアントウケ、そして、後輩ウケだけはよく、まぁ、前野のことだからと、いろいろと世話して貰っている前野。


 我が社に愛されている男――前野。


 そんな前野が、会社を裏切り転職とな。

 許せん、という怒りよりも先に――。


「あいつが転職できるような会社があるのか?」


「のじゃ、ないと思うのじゃ」


「学歴確か高卒扱いだっただろ。前の会社、同期入社だったけど、たしか、専門学校の卒業の単位落として、それで拾って貰ったとか言ってたぜ」


「のじゃ、それも個人情報を確認したから間違いないのじゃ」


 前野。お前、そんなステータスなのに、転職しようと考えているのか、前野。

 どんだけ頭の中がお花畑なんだ前野。


 というか、せめて役職くらい付けてから転職しようよ前野。

 お前、三十越えて役職なしとか、世間じゃ無能と言われて差し支えのない人材ですよ。いや、実際には人月で仕事を取ってくるから、役職ない方が有利だったりしますけど。


 前野ェ。

 自分の市場価値を把握しようぜ、前野ェ。


「のじゃ。しかも、昼休みに堂々と見ているらしくてのう、ウチの上層部で噂になっとる」


「マジか。加代さんが調べただけじゃないのか」


「なんでわらわがアイツの個人情報を調べねばならぬのじゃ。たわけ」


 まったくだ。

 あのロクデナシに関わっている時間だけ、もったいないって言うものだ。

 アイツなんかに付き合っているより、仕事をした方が数倍有意義である。


 そして、仕事をしないで何をかまけているんだ上層部。

 あんな奴、辞めたいなら勝手に辞めさせればいいだろう……。


 とは、言えないよなぁ。


「のじゃぁ、上層部としては、もうちょっと居て欲しいそうなのじゃ。なんとか引き留めできないかと、そう思っているらしくて」


「あいつほんと、上司ウケだけはいいからな。仕事はできないのに」


「……なんとかできんかのう?」


「それで俺の出番という訳ですか。はいはい、分かりましたよ。同期ですからね、前の会社からの同期ですからね。なんとかしてやりますよ」


 ちょっと投げやりな感じで、俺はそう言い放ったのだった。

 まったく、オキツネの同居人の世話だけでもこっちは手いっぱいだってのに、勘弁して欲しいぜ。


 それでも、こいつのおかげで今の仕事に就けた訳だから……。


 はぁ。


「ほんといい性格してるよな。アイツ」


 仕事はできないけど、末は大物にでもなるんじゃないの。

 いや、仕事はできないけどさ。


◇ ◇ ◇ ◇


「んあ? 転職? する訳ないじゃん、なに言ってんの?」


「は? 転職サイト堂々と見てただろお前?」


「あぁ、あれね。あれはさ、転職サイトを見ることによって、上司連中にプレッシャーをかけて今年の考課をよくしようという心理……ぶべら!!」


 心配して損した。

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