第394話 公民館で九尾なのじゃ
休日。
お袋に「孫に教える折り紙講座」なるものに参加するから、ちょっとお出迎えに来なさいと呼びつけられた。
俺は別に車持ちじゃないし、実家に帰るのに公共交通機関使わなくちゃならない身の上である。だというのにとんだ呼び出しだ。
実家に車があるにしても、普通に自分で電車で行った方が安上がりなんじゃなかろうか。
しかも微妙に結婚についてプレッシャーをかけてくるし。
なんで孫もいないのにそんな講座に出に行くんだ。
勘弁してフォックス。
断ってやりたかったが、断ればあとでやんややんやとうるさく言われるのも目に見えていた。仕方なく、俺が了承すると、加代の奴も暇なので着いてくるという流れになった。
やれやれ――。
「孫も居ないのに公民館で孫のための講座を受けに行く。冗談もほどほどにしてほしい状況だよなぁ」
「なにぶつくさ言ってるのさ。本当にアンタは昔から、口の減らない子だねぇ」
「へぇへぇ」
「のじゃぁ。まぁ、手先を動かすのは脳にもいい刺激になるのじゃ。孫がどうこうの前に、母上の活動はそう悪くないと
「本当に加代ちゃんは良い子だねぇ。よく分かってくれているというか」
後部座席に座るお袋と同居狐。
そんな同居狐の頭を撫でるお袋。のじゃぁ、勘弁して欲しいのじゃと、テレテレと顔を赤らめる駄女狐に俺は思わず顔をしかめた。
「ついでだからお腹も撫でておこうかしら」
「おい、ババア、セクハラだぞ!!」
「のじゃ。母上に向かってババアはないのじゃ」
「そうよ桜ァ!! もう孫が居るかもしれないじゃないの!!」
「居ねえよ!! というか、加代も庇ってやったのになに同調してんだよ!!」
せっかくこっちが母のセクハラ・マタハラから救ってやったというのに。
というか居る訳ないだろ。
ちゃんとその辺りは気をつけてるっての。
うぉほん。
俺と加代のそれはさておいてだ。
「ったく、とんだ休日になっちまったぜ」
「あ、桜。そっちと違う。このまま大通り沿いでいいわよ」
「……は? 公民館って、街はずれだっただろう?」
「市町村統合したじゃない。市の方の公民館がね、ショッピングセンターの中にできたのよ。今日行くのはそっち」
うえ。そんなことってあるの。
俺は思いがけない我が故郷の現状にちょっと面食らいながら、点灯させたウィンカーをそっと切った。幸いなことに、後ろに車は居なかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「それじゃ、私は講座受けてくるから。一時間くらいだから、加代ちゃんとデートでもしてきなさいな」
「のじゃぁ、では遠慮なく」
「ショッピングセンターでデートって田舎の高校生じゃあるまいし。いや、田舎か」
俺と加代を残して、いそいそとショッピングセンターの中を駆けていく母さん。
デートしろと言われても、正直、日用雑貨と生鮮食品が売られているショッピングセンター。専門店街も充実していないそこで、何を見ろというのだろう。
思いあぐねいた俺と加代は――。
「のじゃ、せっかくなのじゃ、その公民館とやらを見に行ってみるのじゃ?」
「そうするか。というか、それくらいしか、興味のある所ないしな」
という訳で、母の背中を追いかけて公民館へと向かったのだった。
いざ、辿り着いてみればなんてことはない。
公民館は二階にかつて存在していた専門店街フロア。そこの一角を潰して作られていた。ベニヤ板をクリーム色に塗った壁で間仕切りしてあり、いかにも突貫で作業したという感じがまだまだ残る場所である。
一応、公民館ということで事務所もあるが――。
「のじゃぁ、なんというか」
「公民館というより、サン〇ンタープラザや中野ブ〇ードウェイの空き店舗みたいな感じじゃのう」
俺の言いたいことをずばり加代の奴が言ってくれた。
なんというか、寂れた商店街ならぬ、寂れた屋内商店街という感じであった。いやまぁ、実際問題としてその通りなんだけれど。
ところどころにつけられている引き戸式の扉。その前には、レッスンルームやら、工作室やらいろいろと書かれている。どうやら、体育・文化の種類を問わず、習い事をやっているらしい。流石は公民館という所か。
お袋もここのどこかでレッスンを受けているんだろうが――。
「もうちょっと金かけて、綺麗にした方がよかったんじゃないのかねぇ」
「どこも財政は厳しいのじゃ。こうして有効活用しているだけいい方なのじゃ」
そんなものだろうか。
いや、そういうものかもしれない。
なんにしても、貧乏節約オキツネがそれを言うと説得力がある。
しかしまぁ、時代も変わるモノだなぁ。
そんなことを思いながら、俺と加代はしばし、そのショッピングモール内の公民館をぐるりと回ってみるのだった。
「お、コーヒー屋があるぞ、加代さん」
「嬉しそうなのじゃ。ダメなのじゃ、カフェインは体によくないのじゃ」
「一杯くらいいいじゃないか。というか、休んでいこうぜ」
「……のじゃぁ、しょうがないのう」
スターバック〇でもド〇ールでもないが、こういうコーヒー屋も悪くないものだ。店員募集の張り紙を指さして加代の奴をからかいながら、俺と加代の二人はアイスコーヒーをちびりちびりと飲みつつ、ゆったりとした休日を楽しむのだった。
はぁ。
まぁ、なんというか。寂れた公民館なのは仕方ないとして。
こういうところでまったりするのも、そう悪くないものかもしれんね。
また親孝行ついでに来てみるのも悪くないか。
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