第370話 お餅はいかがで九尾なのじゃ
わらび餅をお土産に持って加代の奴が家に帰ってきた。
あれであるちょっとお高そうなわらび餅である。
スーパーでよく見る水色の容器に入った粒粒の奴ではなく、木目を模した包装に入ったちょっとねばっこくて濁った色をしたわらび餅である。
観光地なんかでよく見かける奴だ。
お高い奴だ。
「加代さんどうしたの、こんなお高そうなお土産なんて買ってきて。無駄遣いは俺たちの仮想敵国でしょ?」
「のじゃぁ。店長さんに、自分が売る商品なんだから、ちゃんと味を覚えてなくちゃだめだと言われて持たされたのじゃ」
「あっ……売れ残り廃棄するのも手間だから押し付けられたのね」
「善意をそういう風に解釈するのはちとどうかと思うのじゃ」
そう言いつつ、貰ってきた加代さんが一番うっとうしそうな顔をする。
実際、その通りなのだろう。
お餅屋の売り子のバイトをやり始めた加代さん。
わらび餅専門店。
老舗という訳ではなく、観光客相手に開業した新規店である。
しかしながら、その商品にはそれなりにプライドがあるらしい。
売れ残りの在庫処分とはいえ、アルバイトに店の商品を気前よく渡す辺りは、なかなか心意気のある会社のように俺には思えた。
金をとっていなければだが――。
まぁ、それならもっと加代の奴が荒んでいるはずか。
「のじゃぁ、疲れたのじゃぁ」
「おつかれさん。座ってろ、今、麦茶淹れてやるから」
「サンキューなのじゃ、桜ぁ、愛してるなのじゃぁ」
よせやい気持ち悪いと口で言いつつ悪い気はしない。
へたり込む彼女をしり目に、冷蔵庫から水出し麦茶が入ったポットを取り出し、プラスチックのカップを手にすると俺は座卓の前に戻った。
すっかりわらび餅のようにとろけた感じで机の上に伸びる加代さん。
うぅん。
何かとバイタリティに溢れる彼女だが、そんな顔をするほど疲れるなんて。
わらび餅売りというのも、なかなか大変なようだ。
どうする飯食うという問いかけに、彼女は首を振って答える。
とろけたついでにゆるんだのだろう、ぽんと頭と尻から飛び出た耳と尻尾も、それに合わせて力なく揺れていた。
なんともはやだ。
「……今日はもうわらび餅だけでいいのじゃ」
「いつもおいなりさんが、あぶりゃーげが、厚揚げがーってうるさいお前が。よっぽど重症なのね」
「のじゃぁ。食べなくってもわらび餅の気持ちは分かる気がするのじゃ」
「どんなだよ」
そんなことを言いつつ、俺は加代の前に麦茶の入ったカップを置く。
食べる気がないのか、それとも疲れているのか、あるいは両方か。机の上に、わらび餅の入った袋を置いたまま、動こうとしない彼女に代わって、俺はその包装を開けた。
匂いたつ甘ったるく涼しげなわらびの香り。
そして、そこに、別梱包のきなこと黒蜜をかけてみる。
まるで二人で食べるのを見越したように入っていた二つ入っていたプラスチック製の楊枝を手にすると、俺はそっと箱から一つをすくいあげて――。
「あむっ!!」
「って、おわぁっ!! なにすんだよ!!」
「のじゃのじゃ、食べるのも面倒臭いのじゃぁー。おう、なるほど、これはなかなか、自分で売っているものだけれど、おいしいのじゃぁー」
食べようとしたところを、狐にひょいとかすめ取られた。
やれやれまったく、何をやってるのかね、この駄女狐さまは。
お前は昔話の悪戯狐かってーの。
「というか、食べさせて欲しいならそう言えばいいだろ」
「のじゃのじゃー。それをするのも面倒臭いのじゃー」
ほれ、もそっと食べさせてくれなのじゃ。
そんなねだり方をする狐があるかと、俺はこの性悪――というより頭の悪い狐に、呆れた視線を浴びせるのだった。
やれやれ。まぁ、お疲れのご様子なのだ、今日くらい労ってやるか。
どうせまた数日で職変えることになるんだろうから。
「ほれ、あーん」
「あーんなのじゃ」
「旨いかー」
「のじゃぁ。もっと黒蜜がいっぱいかかってる所が食べたいのじゃぁ」
「贅沢か」
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