第361話 独り身をこじらせて九尾なのじゃ
「彼女欲しいのぉ!! いい加減、僕も新しい彼女欲しいのぉ!! 一人寝の夜の寂しさが身に沁みる歳なのぉ!!」
フライデーナイト。
おぉ、フライデーナイト。
それは男性社会人にとって避けられない社交の場。
全男性社会人に聞きました。金曜日の夜に同僚とどれくらいの頻度で飲みに行きますかという問いに対して、毎週と答える人間はいったい何人なるのでしょうか。
文章が支離滅裂。
うるせえ、酒飲んでりゃ、頭の中なんてまとまらねえよ。
という感じで、俺はいつものように同僚の前野と一緒に飲んでいた。
今日は二次会までお付き合い。というのも、つい先日あった葵ちゃんの件で、彼に世話になった借りを返すためである。
まぁ、ぶっちゃけ彼はほとんどなんの役にも立たなかったんですけど。
それでも一応、あの場には居てくれたわけで。その義理はちゃんと返すのが筋だと俺は思う訳ですよ。
ただ、こんな形で絡まれるとは思わなかったが。
「あの合コン、ぶっちゃけ俺も混じりたかったですよ!! というか、葵ちゃんだっけ!? どうしてお前、あんな可愛い子と知り合いなんだよ!? 嫁さんもいるのに!! どうして、不公平だよ!!」
「いやー、まぁ、いろいろあるんだよ、いろいろ」
「いろいろじゃないよ!! おかしいよ!! 俺とお前は同期の桜だろ!? なのにどうしてこんなに差が開いた!! 慢心、甘え、それともうぬぼれ!?」
しいて言うならその落ち着きのなさではないだろうか。
歳の割には頼りないというか子供っぽいというか。あんまり頼りがいがあるようには感じられない同僚の発言に、こいつが彼女に見限られる本質を俺は見た。
まぁ、こんなのと一緒にこれからの人生を歩んで行くと思うと、不安になってしまうのは仕方のないことだよね。
それでもいいと言ってくれる甲斐性のある女性がはたしてこの世に居るのか。
居ないだろうなぁ。
そんなことを思いながら、俺は生中を胃に流し込む。
うむ、今日もビールがうまい。
すみませーんと店員さんを呼ぶ。
枝豆とから揚げのおかわりを頼むと、同僚は焼酎の水割りをすかさず頼んだ。今日はサシ飲みだからか随分と酒が進んでいる。
こいつ、こっちの会社に移ってから、酒癖がよくなったと思っていたが――。
どうやらセーブしていただけらしい。
まぁ、そういう弱い部分を見せてくれるのは悪い気はしないが。
やはり同期というのはいいものである。
「でなぁ、桜よぉ!!」
「おう」
「前にも頼んだけれど、お前の嫁さんに、誰かいい娘いないか紹介してって頼んで欲しいんだよ。もう俺、本当に耐えられなくて耐えられなくて」
「……いや、そう言われても」
困るんだよなと俺は後頭部を掻き毟った。
前にもした話だが、加代の知り合いは基本的に妖怪である。同じ時間を生きることがそもそも難しいし、彼女たちと感性が合うのかという問題もある。
この同僚に紹介するのは――ちょっと難しい。
「無理だよ。俺の同居人、そんなに友達多くないから」
「嘘だぁ。あんな性格のいい子、絶対知り合い多いにきまってるじゃん」
よく俺の同居人のこと見てやがるなこいつ。
というか、その観察眼をどうして彼女に対して発揮することができないのか。
ついでに仕事でも発揮することができないのか。
そういう力の使いどころが間違っているから、こいつはダメなんだろうな。
また、舐めるようにビールを飲む。そうして誤魔化そうとした俺の襟首を、ぐいと前野は掴んできた。
こちらを見る目が据わっている。
あらら、完全に酔っぱらっていらっしゃるご様子だ。
「頼むよ桜ぁ!! 頼りになるのはお前だけなんだぁ!!」
「……いや、頼まれても困るっての」
「アレだったらもう、お前が彼女になってくれても構わないぜ、俺は!!」
「俺が構うわ!! 落ち着け、このアホ!!」
離せと俺は前野の手を振りほどく。
えっぐえっぐとむせび泣きながら、グラスに残った焼酎の残滓を啜る前野。
うぅん、独り身を拗らせるってのは大変なものだね。
加代さんがいてくれてよかった。
そんなことを、俺は改めて思うよ。
ホント。
「うぅっ、セッ〇スしたいよぉ。しなくてもいいから、いちゃこらして過ごしたいよぉ。人肌が恋しいんだよぉ、まじでぇ……」
「風俗でも行けばいいんじゃねえ?」
「そういうんじゃないから!! 俺が求めてるのは、プラトニックなんじゃないけど、エロティックなのとはまたちょっと違う感じのなのだから!! なんていうか、こう、精神的な重なり合いが大切みたいな!!」
「はいはい、お前が割とピュアなのは分かりましたよ」
だから、ちょっと落ち着こう。
そう言って俺はやってきた店員さんから焼酎のグラスとから揚げを受け取ると、前野の前にそれを置いたのだった。
ほんと、俺の周りはこういう世話のかかる奴ばっかりだなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇
「のじゃぁ、おかえりなのじゃぁ。同僚さんの接待ごくろうさまなのじゃぁ」
「おーう、ただいまぁ」
リビングで、テレビを見て待っていた加代。
タンクトップにホットパンツという、ラフな格好をした彼女が視界に入るや――こう、むらむらとしたものが俺の中に湧きあがった。
玄関の扉を閉めると、そそそそと彼女に近づく。
そうして、振り返ったままの彼女にそのまま抱き着くと、強引に押し倒した。
ぱちくりと、加代の奴が目を瞬かせる。
「のじゃぁ。酔ってるのじゃ?」
「……酔ってるー」
「水飲むのじゃ?」
「……水より加代さん成分の方が欲しい」
「のじゃぁ、しょうのない奴なのじゃ」
うーん。自分でも、しょうもないなと思う。
ただまぁ、男ってこういうものなのかもしれないね。
前野の奴の気持ちも分からないでもない。
別にそういう行為をする必要なんてないんだ。
こうして二人して抱き合っているだけで――日常生活の中で失ってしまった、言葉にしがたいどうしようもない何かが補充される気がする。
それは確かに俺も実感できるものだった。
「誰かと一緒に居るってのは、いいもんだな」
「……そうじゃのう」
よしよし、と、俺の頭を撫でる加代。
なぜか、そんな彼女の手つきがちょっと寂し気で、気になったが――。
仕事の疲れと酔いの疲れがある。
今は、こうして甘えていたかった。
ババアだからとか、バブミだとか、そういうのはどうでもいい。
加代だからたぶんそう思うんだろう――と、思った。
やっぱり大事にしてやろう。
俺にできる範囲で。
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