第348話 ラテアート可愛いで九尾なのじゃ

 同居狐がラテアート書くようなお洒落な喫茶店に勤めることになった。

 そしてラテアートの練習のために、家でコーヒーを淹れてくれることになった。


 まぁ、どうせいつもの加代ちゃんクオリティである。

 まともにリクエストに応えることができなかったり、食欲の湧かなくなるようなひどいラテアート描いてクビになるのが見えている。


 いやぁ、オチが見えてる話はこっちとしても気が楽だわ。


「なに描いて欲しいのじゃぁ。言ってくれればなんでも描くのじゃぞー」


「んじゃぁ、昇り竜でも書いて貰おうかね」


 キッチンで呑気にそんなことを言った加代バリスタ。

 かしこまりましたなのじゃーと、元気だけはいい返事をすると、彼女はせっせとカップに爪楊枝で絵を描き始めたのだった。


 しばらくして。


 座卓の前に胡坐をかいて待っていた俺に、白いマグカップが差し出された。

 そこに描かれているのはそう――。


「……国宝レベル!!」


 なんかこう京都の祇園にある、風神雷神描画図が展示されてる寺の天井とかに書かれてそうな感じのあれが出て来た。

 白と茶色の色合いが見事というか、濃淡の使い方が繊細というか、筆で描いたような妙なすごみがあるというか。とにかくなんというかラテアートの枠を超えた何かがそこには存在していた。


 インスタ映えするぅー。

 京都のそういうお店だったら即採用されるぅー。

 そんな感じだ。


 しばし、言葉を失ってそれを見る俺に、加代がのじゃふふと得意気に微笑んだ。


「まぁ、加代さんこれでも、安土桃山時代は画家としても活動しておったのじゃ」


「……まじかぁ」


「浮世絵とかも得意なのじゃ。まぁ、最近の萌え絵とかは得意ではないが、日本画的なものであればだいたい描けるのじゃ」


「日本の芸術の歴史がこの駄狐の中に凝縮されているだと――!!」


 なんだかそれはそれでとても複雑な気分である。

 そして、これだけ立派なものを書かれると、ラテアート可愛いと言って気軽に飲むこともはばかられてしまう。


 ラテアート素晴らしい。

 思わず、自分の家だというのに、俺はスマホでそれの写真を撮っていた。


 同時に勝ち誇ったように加代が笑う。


「まぁ、これだけ描ければクビになることはあるまいて。今回のバイトは加代さん大勝利。安定した収入みらいへレッツゴーなのじゃ!!」


「いや、まぁ、これだけ描ければそうかもしれないけど」


 なんと言っても加代さんだからなぁ。

 どうせまたくだらないことでクビになるんだろうなぁ。


 そんなことを思いながら、俺はまたシャッターを切った。


◇ ◇ ◇ ◇


『本日の珍〇景はこれ――立派過ぎて飲むのが勿体ないラテアート』


『すごい!! モナリザです!! マグカップの中にモナリザが!!』


『東海道五十三次!! ラテアートの葛飾北斎やぁーっ!!(まんま)』


『なっ!? これは国宝源氏物語絵巻!!』


『ナスカの地上絵まで!! みてくださいこの圧倒的な再現度!! 重ね合わせてもぴったりと、寸分の狂いもなく一緒です!!』


「おぉおぉ、盛り上がっとるのう」


「のじゃぁ、大繁盛なのじゃ。大繁盛になったはよかったのじゃが」


 テレビで取り上げられているのは、加代が働いているコーヒー店。

 加代が勤め始めてから、一週間としないうちにネットで彼女のラテアートが取り上げられて、こうしてテレビで取材されるまでに至った。

 店は大繁盛、連日人でごった返している――。


 そうなのだが。


『いや、けど、これだけ見事だと、もったいなくてなかなか飲めませんね』


『まさしくそれで、ラテアートが飲めずに、何時間も居座る客が多くてお店も困っているとか。今月いっぱいで、ラテアートの販売は終了するそうです』


『行くならお早めにという奴ですね。いやぁ、それにしても、日本の職人の技術力はやっぱりすごいですねぇ――』


「まさか、凄すぎて逆に仕事を失うことになるとはなぁ」


「のじゃぁ、これは流石に予想外だったのじゃぁ」


 がっくしと肩を落とす加代さん。

 そんな彼女はまたラテアートの描かれたコーヒーを手にすると、座卓の前に胡坐をかいている俺にそっと置いたのだった。


 やはり見事。

 彼女の顔が描かれたそれを受け取ると、俺は惜しげもなくそれを飲み干した。

 彼女のカップに映る俺の顔を眺めながら――まぁ、過ぎたるはなんたるだな、なんてことを考えて俺は熱い息を吐いた。


 まぁ、けど、凄いからたまには描いてくれよ。

 家で描くぶんくらいには問題ないだろう。

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