第342話 少女漫画で九尾なのじゃ

 この少女漫画が絶対に泣ける2019。

 昨今流行の漫画・小説の年間ランキング雑誌である。


 すごい、面白い、大賞など、いろいろなランキングがあるけれど――泣けると言い切りで来るとは思わなかった。


 少女漫画の表現が過激になって久しい昨今ですが、タイトルまで煽る必要があるのだろうか。

 甚だ疑問である。


 まぁ、そんなものを本屋で見つけた俺は、ついついそれを手に取ってしまった。


「のじゃ。そんなものを手にして、少女漫画に興味あるのじゃ?」


「いや特に? というか加代さんは読まないのか、少女漫画?」


「のじゃぁ。少女漫画ってコンビニで置いてないよね」


 あ、わかりみ。


 アレですわ。

 少年漫画は普通のからヤング向けまでコンビニで立ち読みできる。

 けれど、少女漫画はコンビニに置いてないから立ち読みできない。


 わざわざ買ってまで少女漫画読むほど、恋に恋するオキツネじゃないのは知っている。野暮な質問をしてしまったなと、俺はちょっと後悔した。


 しかし、そんな後悔と裏腹に、加代はそのランキング本を手に取った。

 あれ読まないんじゃないのと、戸惑う俺の前で彼女は今年のランキングを眺める。おぉと感嘆の声が漏れたのは早かった。


「フラット・ストーリーが一位なのじゃ。まぁそうじゃのう。面白いからのう」


「あれ、加代さん、読まないんじゃ」


「のじゃ。最近はWEBで無料の作品も多いのじゃ。これも最新話以外は、WEBで無料で読めるのじゃ」


 どや顔である。

 コンビニ立ち読みしなくても連載漫画は追える。いい時代になったものだ。


 そしてやれやれ、俺もいささか判断するには早計だったようだ。

 加代の隣に並ぶと雑誌を覗き込む。そうして俺と加代は、ランキング雑誌の年間ランキングを眺め始めたのだった――。


「へぇ、少女漫画だから恋愛モノが一位かと思ってたけど、伝奇ファンタジーなんだなこのフラット・ストーリーって」


「のじゃ。中央政権で栄華を極めた一族――その娘が、国を追われる貴種流離譚なのじゃ。主人公が男装して一族を率いる姿が凛々しいのじゃ。同時に中身は、年端もいかぬ乙女じゃから、見ていて実に健気でのう。さらに、彼女を追討する敵方の将との禁断の恋も胸キュンなのじゃ」


「なにそれすっごく面白そう」


「まぁ、平家物語なみに面白いのじゃ」


 例え。

 例え方が時代を感じるよ加代さん。


 少女漫画の面白さの比較対象になんで古典文学出て来るのさ。

 せっかく盛り上がった俺の中の読んでみたいテンションが一気に下がったよ。


 げんなりとしている俺の横で、のじゃと加代の奴がまた声を上げる。


「二位は父さんダイアリーなのじゃ。のじゃぁ、これも読んでるのじゃ」


「なんか少女漫画らしくないタイトルだな。どういう話なの?」


「娘が心配過ぎて心配過ぎてしょうがないお父さんが、娘の同級生に化けて学校生活を送るというギャグコメディなのじゃ」


「ホラーの間違いじゃない?」


「紀貫之ばりにエスプリが効いた漫画で面白いのじゃ。大爆笑なのじゃ」


 だから例え。

 なんでそんな古い人引き合いに出してくるの。

 土佐日記とか誰も知らないっての。


 もうちょっと他に説明の仕方があるんじゃないのよ。

 というか、さっきから泣ける要素が見当たらないんだけれど。


 この雑誌、タイトルに偽りありじゃないのか。


 そんなことを思って少し白けたところに、また、加代がのじゃと声を上げた。


「ね、ネオ・パープル・メイド先生の新作が三位なのじゃ!?」


「あ、もう作者のペンネームで作品の方向性が見えましたわ」


 わなわなと震える加代さん。

 ショックなのか嬉しいのか。なんにしてもえらい動揺の仕方だ。

 のじゃぁと溜息を吐き出す彼女から、作品の説明は期待できそうにない。


 どれどれよっこいしょ。

 俺は加代の横で同じ雑誌を手に取ると、その三位の紹介ページを開いた。


 なになに――。


「主人公のサンシャイン・ゲンジが、股間のハイパーマグナムで可愛い女の子を次々に陥していくサクッセスストーリー。壁ドンならぬチ〇ドン表現を考え出した、ネオ・パープル・メイド先生のセンスはまだまだ神がかっているぞ。最新刊ではついに還暦間近のサンシャインだが、老境に至ってもハイパーマグナムは健在。アラフィフの魅惑に多くの女読者はメロメロだ――」


 え、なに。

 少女漫画いろいろと進み過ぎじゃない。


 というか、股間のハイパーマグナムって、どういうこと。

 チ〇ドンって、なに。


 エロゲーみたいな表現に、正直ドン引きなんですけど。


 訳が分からなさ過ぎて頭の中がフットーしちゃうよ。

 俺は雑誌を手にしたまましばし立ち尽くした。


「……のじゃ、買わねば!! 油揚げを質に入れても新刊を買わねば!!」


「加代さん!? 油揚げ質に入れるレベルでテンション上がってるの!? えっ、ちょっと、これ――面白い要素が少しも見えないんだけど!?」


「ちょっと過激なくらいが少女漫画は面白いのじゃ!!」


「過激にも程度ってものがあるんじゃない!?」


「源氏物語も過激だったから――少女向けの作品が過激なのは日本の伝統芸!!」


「だから例え!!」


 平安み感じる例えはやめてフォックス。

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