第341話 適材適所で九尾なのじゃ

「おーうお前ら、課長から差し入れだぞぉ」


 栄養ドリンクと菓子パン二つ。それぞれデスクに配給される。

 時刻は朝の二時。そう、朝の二時だ。


 もう最近デスマってばっかりだ。まるで、作者がそういう職場しか知らないみたいな感じに、いい塩梅に炎上するなこの会社。

 というか俺の部署。


 全部うちの課長が悪い。

 この男、クライアントからちょっと強めに突かれれば、ハイハイ二つ返事で仕事を受けやがるんだからもうほんと性質が悪い。少しくらい強気に出て、突っぱねるくらいの度量が欲しいものである。


「ほんと、こんな菓子パンと栄養ドリンクでこっちが許すと思ってんのかって話」


「それな。課長、ほんとそんなんで許されるとかマジでギルティよな」


「なんで会社ってさ、上のもんが下のもんを考課することしかできんのかね。逆もあってしかるべきじゃねえ」


「おう、真っ先にあんな無能、最低評価食らわして会社追い出すわ」


 無能が上に居座る会社ほどろくなものはない。

 この課長――実は最近になって人事異動で変わった奴なのだが――まったくもって人を使うという能力について欠落している。どころか、人と交渉するという能力が欠落しているのだ。


 見積精度が荒すぎる。

 瑕疵に対しても、もうちょっと交渉すりゃいいのに、それもしない。

 社員を守らない辺りからしてどうかしている。


 ほんと、こんなんでよく課長なんかになれたもんだと常々思う。


「前に居たプロジェクトは黒字だったんだろ。なんでこんなことなる訳?」


「なーなーだったんじゃないの。ずっと同じ仕事してたら、そりゃちょっと違う仕事に変われば常識も通用しなくなりますわな」


「なるほど。俺らみたいな派遣からの生え抜きとは育ちが違うと」


「そういうことですわ桜さん」


 ぬるぬると、会社との関係性だけでここまでやって来たツケが回って来た。

 それを拭わされていると思うとこっちも腹が立ってくる。ったく使えない社員だな、とっととクビにしろやボケと暴言の一つも吐きたくなってくる。


 ただまぁ、こうして最後までフロントに残って作業を見守ってくれるので、最低限の責任感は持ち合わせている。これで自分だけとんずらこきやがったら、即ギルティ、ブチ切れて出社拒否するところだっての。


 まったく。

 世話のかかる同居人と、世話のかかる上司ってのは勘弁して欲しいね。


「のじゃぁ、課長さん、そろそろ定期バックアップしたいのじゃが」


 そんな中、世話のかかる同居人がサーバールームから顔を出した。


 迷惑かけるね加代さん。

 誰かさんのせいで。


 誰とは言わないけれど。


 今日は社内サーバのバックアップの日。

 彼女は速やかに差分バックアップを取りたいのだが――いかんせん、俺たちが作業中のためそれができないのだ。

 一昼夜かけてやる作業である。

 仕掛ければそれで終わりなのだが、あんまり押すと明日の業務に差支えが出る。


 やれやれ、ここは仕方ない。


「うーん。桜くん、あとどれくらいで仕上がりそう?」


「あー、俺のPCにリポジトリ切りました。皆さん、申し訳ないですけど、共用サーバーから僕のリポジトリの方にソースマージしてください。という訳で、加代、バックアップ取っちゃって大丈夫よ」


「のじゃ、助かるのじゃ」


 つまり、まだまだ俺たちの開発はこれからだってことだ。

 とはいえ全員のソースを統合する所までは来ている。あともうちょっと、ローカルビルドさえ通れば――とりあえず、明日の朝一で向こうさんに納品できる。


 ほれ急げ急げとメンバーに、俺の共用フォルダに作業したソースをコミットさせる。ようやく出来上がったファイルを確認すると、なるほど、流石は修羅場をくぐって来たソルジャーたち、ビルドは一発で通った。


「さぁて、後は自動テストを通して終わりですが――ぶっちゃけ自信ないです」


「並行して手動テストもやるか。どこが不安?」


「GUI周りは問題ないとして内部処理がっつり変えたところ――中間ファイル出力してるモジュールあるでしょ。あの当たりかな。出力するデータも新規のもんだし、ぶっちゃけ自動テストの内容が合ってるかどうかも怪しい」


「なるほど……」


 そんな俺と元同僚の会話に割り込んで来たのは課長さんである。

 まるで分かっていますよという感じが絶妙に腹立つ。

 黙って座ってろと言い返しそうになったところで――。


「悪いんだけどさ桜くん」


「あ?」


 悪いと思うなら話しかけるなやと思いつつ、一応話は聞く。

 そっちが話す気があるのなら。


 塩対応に、うっとえずいた課長だが、それでも気を取り直してこちらに向かって来たので、とりあえず、俺は彼からの話を聞くことにした。


「その中間ファイルを出力するモジュールのソースコード見せてくれない」


「……見せてくれないって、どれだけ量があるか分かってるんすか?」


 割とガッツリ書かれたコードである。

 いや、実際に追加した記述した内容自体は大したことない。

 だが、過去に使っていたライブラリから処理を引っ張って来ているので、理解しようと思うと相当に根気が居る。


 しかし課長は――こともなげに言い放った。


「使ってるライブラリは○△×プロジェクトと、◇○×プロジェクトで使ってた奴だよね。そのライブラリは多少見たことがあるから大丈夫だと思う」


「……大丈夫だと思うって」


「ライブラリの中身が変わってなかっただけれど。まぁ、更新履歴チェックするし」


「……まぁ、やると言うならどうぞご自由に」


「それとテスト設計書と自動テストのソースも見せてくれる。たぶん出力ファイルと用意したファイルで差分チェックするんだと思うんだけど。もしかすると、差分を取るファイルの方が間違ってるかもしれない。そっちの方もチェックしたいから、そのデータも見ておきたいな」


 いちいち言う事に筋が通っている。

 ふむ、そこまで言われるなら断る理由はない。


 どうぞご自由に、そう思いながら、俺は課長の為にアカウントを切った。


◇ ◇ ◇ ◇


 明け方。

 午前五時。


「うん。モジュールの方にバグはないと思う。これでクライアントの要求するファイルは出力できると思うよ」


「……え? マジで読んだんすか、あのソースコード?」


「ライブラリの差分もチェックした。僕が使ってた頃より随分と修正されてたけど――今回使ってる所は比較的修正がなかったから楽だったよ」


 メンバーが机に突っ伏して寝ている中、スマホゲーで遊んでいた俺は、課長に声をかけられてそちらを振り返った。

 ディスプレイを前にしてにっこりと笑う課長。


 目の下にはばっちりと隈が出来ていた。

 確か、まだ独身だという。割と顔立ちは良い方だが――台無しである。

 いやいやそんな心配をしている場合か。


 俺はスマホをデスクに放り出して課長の方へと歩み寄った。


「ただね、テストケースに漏れがある。テスト設計したのは誰?」


「……新人くんっすね。レビューは前の会社からの同僚アイツが担当しました」


「例外系のテストがまるで出来てない。ソースコード的には起こらないケースだけど、今後このモジュールの拡張案件が来た時に、問題になるといけないから一応テストケースに加えておいて。時間がないならパスで。それと一つ、正常系の出力ファイルに問題があるのが分かった。これ、差分取ると普通にエラーになるから」


「……まじっすか」


 なんでわかるの。

 正直、そんな心地だった。


 というかもう結構な時間なのに、どうしてこんなにはきはきと喋れるんだろう。


 俺よりあんた歳食ってるよね。

 なのになんでそんな元気なの。


 面食らっている俺に向かって、課長はにっこりと微笑む。


「このライブラリの処理難しいよね。読み込むの時間かかるし、正直、テスト用のファイル作るのも手間だったと思うよ」


「あ、それ、ぼやいてました」


「もうちょっと見易く作ることができればよかったんだけど――ごめんね?」


 そう言って、俺は課長のディスプレイを覗き込んだ。

 彼が眺めていたのは、そう、今回のモジュールで利用したライブラリのソース。

 その先頭行――ヘッダ部には作成者の名前として、よく見た名前が載っていた。


 ――マジかよ。


「えっ、課長、えっ?」


「……プレイングマネージャーだけは絶対にやるなって社の方針だから、あんまり出張りたくなかったんだけど。今回は、僕のせいでこうなっちゃってる訳だしね」


 それにこんな深夜だ、ちょっとくらい若返っても問題ないよね。

 そう言って課長はまた俺に微笑んだのだった。


 いやはや。

 いやはやいやはや。


 人は見かけによらぬというが。びっくりである。

 なんにしても、俺たちは納品に間に合ったのだった――。


「のじゃぁ、この小説は、九尾小説のハズなのに、今回は出番がないのじゃァ」


「いや、牙剥いてたら俺が今頃クビって話だよ」


 会社ってのは、複雑なもんだね。

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