第335話 男専用ネットカフェで九尾なのじゃ

 最近、本当に出張が増えたような気がする。

 しかも帰りの電車がないような。

 そんな際どい時間まで働かなくてはいけない、どえらいしんどい出張が。


 また課長に文句言うてやろう。

 そんなことを思いながら、俺は加代の奴に電話をかけるのだった。


「あ、もしもし加代さん?」


「おー、桜、どうしたのじゃ?」


「今日ね、お仕事遅くなっちゃって。アパートまで帰れそうにないんだわ」


「そうなのじゃ。大変じゃのう」


「それで、ネットカフェにでも泊まろうと思うんだけれど。ごめんね無駄遣いして」


「のじゃぁ、いいのじゃいいのじゃ。お仕事なら仕方ないのじゃぁ」


 それじゃ、お仕事頑張るのじゃぞと、甲斐甲斐しい言葉をかけてくれる加代。

 うぅん、なんて物分かりのいい同居狐なのだろう。


 俺の言葉を素直に信じて、送り出してくれるなんて。うぅっ、本当によい同居狐を持ったものである。彼女に楽な暮らしをさせてやるためにも、頑張って、今の仕事を続けなければな――。


 なんてことを思いながら、俺は今月の新作コーナーの棚を凝視した。


 すまない加代さん。

 ネットカフェが駅前になかったんだ。

 男のビデオ試写室しか駅前になかったんだ。


 本当にすまない。

 けど、無いんだから仕方ないよね。嘘も方便だ。


 ジークフ〇ードなのに坂田金〇。そこに加えて看板の絵が孫悟〇です。本当にありがとうございました。

 俺は今、そんな建物の中に居た。


 ビデオ試写室。

 いわゆる、男専用のネットカフェという奴である。


「いやぁー、たまには同居狐に気兼ねすることなくDVD見たいよね。男だもの、そりゃやっぱり、浮気ではないけれどそういうの気になっちゃうもんじゃない。いや、浮気じゃないけれどさ、そういうの気になるものじゃない」


 気になるDVDをほいほいほいなとカゴの中へと放り込んでいく。

 時刻はまだ午後の六時。これから明日の朝までの12時間パックで利用したとして――六回は大丈夫だろう。


 もってくれよ――俺の体。

 ひゃっほう今夜はロングナイトフィーバーだぜ。


「すみませーん、12時間パックでおなしゃーす」


 お〇でしゃ〇だけにね。

 はっはっは。


 俺は試写するレンタルDVDを選ぶと、いい笑顔でカウンターを訪れた。


「のじゃ。『ビンカン狐娘。そこらめぇ、尻尾の付け根が弱いのぉ』、『お癒し系のじゃババ狐のお癒しハウス』、『ようこそのじゃバッバパークへ、すごい君は前に尻尾のあるフレンズなんだね編』」


「ノジャシャス!!」


 はい。

 もうオチは読めていましたね。


 KAYOCHAN。

 どうしてそこに居るのKAYOCHAN。

 虫を見るような目をしているのKAYOCHAN。

 悲しい顔するなよKAYOCHAN。OH、KAYOCHAN。


「……ネットカフェ?」


「……イエス、イエスネットカフェ、ゼアイズ、メンズパラダイスネットカフェ」


「ノー!! ノーネットカフェ!!」


「ネットカフェ!! イェス!! ネットカフェ、イエス!! メンズパラダイスネットカフェ!! ファイナル、オブ、ファイナル、ジャスティスメンズカフェ、ゼア!!」


「フォッ〇ス!! フォッ〇ス!! チェリーブロッサム!! ゼアイズ、スケベビデオパラダイス!! ノーモアスケベビデオ!! ノーモアスケベDVD!!」


「ノー!! ノースケベビデオハウス!! ノー!! ゼアイズメンズパラダイスネットカフェ!! パライソ!!」


「フォッ〇ス!!」


 加代さんの九つの尾が、俺の頬を打った。


 それからの記憶はない。

 ただ、起きると俺は、いつものように自分のアパートの自分の布団の中で寝ていたのだった。


「フォッ〇ス!! フォッ〇ス、ロングロングワーキング、ノーモア!!」


 とほほ、せっかくの出張だってのに、とんだ災難だよ。

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