第309話 たけのこ貰って九尾なのじゃ

 筍梅雨。

 筍の生える時期――四月・五月の雨を指して使われる言葉なのだという。


 そんな言葉があるのじゃなぁと、ぽかんとした顔をして情報番組を眺めていると、突然家のインターフォンが鳴った。


 すみません、お隣に越して来た者ですけど――。

 なんて展開はない。


 例によってやって来たのは実家からの宅配便だった。


「家近くなんだから、直接持って来ればいいのに」


「のじゃのじゃ、そこはお母上どのなりの気遣いという奴なのじゃ」


 気遣い?

 あの下世話色ボケ婆がか?


 アホ抜かせ。

 そんなたいそうなおつむはしてないよ。

 俺の親だぞこんちくしょう。


 どうせまた要らない物を送って来たのだろう。たいして期待もせずに開けてみるとそこには――。


「のじゃ、これは立派なのじゃ。太くて大きいのじゃ」


「……たけのこか。まぁ、そういう季節だわな」


 手紙と共に筍が四本、段ボールの上蓋を開けばにょっきりと顔を出した。

 一緒に添えられていた手紙を見ると、親父の知り合いが実家に持ってきて余ったのよ――と書かれていた。


 ついでに筍じゃなくて桜の子も見せなさいなんていう下世話なジョークも添えて。

 ほんと要らない世話である。


 しかしながら食べられるものならありがたい。


「のじゃぁ、筍は高級品なのじゃ。母上、お心遣い痛み入るのじゃ」


「だなぁ。手紙の内容はともかく、差し入れとしてはありがたい限りだ。加代さん、どうやって食べる?」


「そうじゃのう。青椒肉絲、筍ごはん、若竹煮。いろいろと食べ方はあるけれど――ここは豪快に筍ステーキとかはどうなのじゃ」


「筍の素焼きな。いいじゃん、手間がかからなくて。よし、それでいこう」


 筍ステーキなのじゃと念を押す加代さん。

 ステーキという言葉に何やらこだわりがあるらしい。だが、素焼きは素焼きだ、取り繕ってみたところで、それ以上でもそれ以下でもない。


 加代のこだわりをすんなりとスルーして、俺は筍のあく抜きを開始するのだった。


「のじゃしかし、このちっこいのが、成長するとあんなに大きくなるのだから生命の神秘という奴じゃのう」


「そういや加代さん、あれとは知り合いじゃないの?」


「はて、あれとは?」


「お前、筍と言ったら、それはすぐ出て来るだろう――」


 桃から生まれた桃太郎。

 垢から生まれた力太郎。

 そして、竹から生まれたかぐや姫に決まってる。


 古今東西の魑魅魍魎と知り合いの加代さんではないか。妖怪の類ではないけれども、昔話に出て来る人物。別に知り合いだとしてもおかしくないだろう。


 すると加代さん、やっぱり知っていた。

 あれかと顔をしかめて顎に手を当て唸り始めたのだった。


 なんだその表情。

 不安しかない。


「のじゃぁ、なんと言ったらええか。あれはその、悲しい事件じゃったからのう」


「いや、話しのオチ的には確かにそうだけど」


「あの頃にはM〇Bとかそういう組織もなかったしのう」


「ちょっと待て。なに、かぐや姫ってそういう、記憶から消さなくちゃいけない系のアレだった訳!? 妖怪とかの類じゃないの!?」


 まぁいろいろあるのじゃとはぐらかす加代。

 なんとも納得のいかないまま、俺はたけのこを抱える彼女の肩を視線で追うことしかできないのだった。


 うぅむ、歴史を知るオキツネ、おそろしや。


「のじゃ、この筍の中にも、かぐや姫の卵が入っていたり」


「おいやめろ」


「大丈夫。煮沸消毒すれば、問題ないのじゃ」


「その発言が問題なんだよ」

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