第293話 姉弟っていいなで九尾なのじゃ

「やっほー、お姉ちゃん、お兄ちゃん、遊びにきたよー!!」


「帰るのじゃっ!! この泥棒狐!!」


 九尾の狐が、化け狐に向かって塩を投げつける。

 おぉ、この世にこんな残酷無慈悲な、鳥獣戯画があるだろうか。


 しかもその九尾と狐は、血の繋がった実の姉弟狐。

 あぁ、どうしてこうなってしまったのか。その不幸を思うと――あくびが噛み殺せないほど溢れ出てくる。


「朝っぱらからなにをやっとるのだ、あんたら。人の家で」


「やっほーお兄ちゃん!! 今日はお店の方がオフだから遊びに来たの!! 一緒にイカやろう!! イカ!!」


「のじゃぁ!! うちにそんなものはありません、なのじゃ!! とっとと帰れなのじゃ、この愚弟狐!!」


「ちょっと、お姉ちゃん。心配して様子見に来てあげたのに、そういう言い方ってちょっとなくない」


 相変わらず、加代よりも女らしい化け狐のハクくん。

 ぷりぷりと頬を膨らませて怒る姿に、あぁ、この半分の愛嬌でも、うちの同居狐にあったらなぁと、俺は起き抜けの寝ぼけた頭で思ったのだった。


 そして――。


「とりあえず。玄関の掃除が面倒になるから、塩撒くのはやめんさい」


 俺は面倒臭い狐の姉弟を摘まみ上げると、家の中へと入れて部屋の扉を閉めた。


◇ ◇ ◇ ◇


「というか、本当にゲーム機とかないんだね。すごい」


「そんなもん買う金があったら、ご飯を買うのじゃ。うちは貧乏なのじゃ、余計なことにお金を使うことなんてできないのじゃ」


「ゲームは心の栄養剤だよ、お姉ちゃん」


「うん、まぁ、一理あるな」


しゃくら!!」


 我が家のフローリングの上で胡坐をかいてハクくんは家探しを早々に終えると退屈そうにそう呟いた。そんな彼に背中を向けてお姉ちゃん狐はコーヒーを入れている。


 俺はといえば、彼の前に座って、持って来たイカをプレイ中だ。


 ほぉん、なるほどね。

 FPSはあんま得意じゃないけど、こりゃ結構楽しいもんだ。

 そりゃ世間で騒がれるだけはあるわ。そして、この絶妙な携帯性、流石はゲーム業界の重鎮、〇天堂さまだわ。


 いやー、〇天堂さまのゲーム機触るなんて何年ぶりだろう。

 中学からこっち、ずっとSO〇Y派だったから、二十年ぶりくらいじゃないだろうか。携帯ゲームの世界では、もはや勝ち目ないと思ったけど――見事に復活を果たして見せたよね。いや、すごいすごい。


「ゲームしとる場合かぁー!!」


「あぁん!!」


 加代が俺の手から、いい所だったイカのゲームを取り上げる。

 あと少しで決着つきそうだったのに、なに邪魔してくれちゃってるんだろう。


 それはともかく。


「いいじゃん。俺だってゲームくらいしたいわい」


「駄目なのじゃ!! ゲームばっかりしてると、馬鹿になるのじゃ!!」


「お前は俺のおかんか!!」


「のじゃぁっ!! とにかく、うちにはそんなの必要ありませんなのじゃ!!」


「あぁもう止めてよ。そういうつもりでゲーム機持って来た訳じゃないのに。ていうか、二人とも一緒に暮らしてて生活費あるはずなのに、貧乏過ぎない?」


「「こいつの稼ぎが悪いから!!」なのじゃ!!」


「うわぁ、息ぴったり。仲がいいのか、悪いんだか」


 仲が悪かったら、一緒に暮らしたりしねえよ。

 なんてな。でへへへ。


 そんなコントやると思ったら大間違いだぞ。

 俺だってな、いくつになっても心は少年じゃい。

 ゲーム機くらいほんとは欲しいわい。


「中古でいいからなんか一つくらい買ってもいいだろ加代さん」


「駄目なのじゃ!!」


「そんなお兄ちゃんに邪険にすることもないじゃん。二人で出来るゲームもあるし。ほら、恋人同士のスキンシップには、そういうのも必要でしょ?」


「もう充分足りてるのじゃ!!」


 いや、そんな自信満々に怒っていうことですかね。

 ちょっとそんな自信満々には言えることではないと思いますけど。

 しかも、ほら、身内の前で。


 おほんとついつい咳ばらいをする俺、そんな俺を尻目に、加代は弟に説教を続けようとするのだった。


「だいたい、お主は昔らそうどうしてみーひゃーなのじゃ。もうちょっと、古いものを大事にするというか足るを知るというか、そういう落ち着きを持つべきなのじゃ」


「いやいや、狐がそれを言っちゃおしまいでしょ」


「おしまいじゃないのじゃ!! まったく、お主のような女狐が居るから、世間一般で狐娘が白い目で見られるのじゃ!!」


 うぅん。

 そもそもハクくんオスだしね。なんかそれ違うんじゃない。

 というか、お前の仕事のポカの方が、よっぽど狐の社会的な地位を貶めてるような気がするぞフォックス。


 お姉さん風を吹かせたいんだろうが、いかんせん、見事に失敗している。

 駄女狐なのは知っていたけれど、駄姉狐でもあったのか。

 やれやれ、本当にどうしようもない狐だな、こいつは。


 ドリップしきったコーヒーをちゃぶ台の上に置く。ほれ、それ飲んだらさっさと帰るのじゃと、きつい目をしていう加代さんに、ぶぅぶぅとハクくんはコミカルに返答した。

 うぅん、やっぱりどう見ても、女子力は加代よりハクくんの方が高いよな。


 ――と。


「あ、おい、加代。これ、お前のコップだろ」


「のじゃ? あぁっ、しまった、もう口を吐けてしまったのじゃ……」


「いやまぁ、別にいいんだけどさ」


「のじゃ。そうじゃのう、コップくらいでいちいち目くじら立てておっては、一緒に生活することなんてできんからのう」


 にょほほほ、と、笑い合う、俺と加代。

 笑って誤魔化す。こういう辺りが、女子力の低さなんだけれども。気づいてないのかね。ハクくんだったら、もっとうまくするぜきっと。


 と、ハクくん。


 よほどファーストドリップのコーヒーが苦かったのか、見れば彼は渋い顔をこちらへと向けていた。


「朝からちょっとヘビーな朝食、勘弁してくれるかな」


「のじゃ?」


「なんの話だ?」


「砂糖が足りなかったかえ? そんな甘党じゃったか、お主?」


「いや、甘ったるすぎて、吐きそうなんだけど――」


 やだやだと首を振る駄女狐の弟狐。

 血は繋がっていても分からないことはあるのだろう。どうして彼がそんな顔をするのか、さっぱりという感じに首を加代は傾げたのだった。


 当然、姉が分からない話である。

 俺にもハクくんの気持ちが分かる訳がなかった。

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