第294話 チャーハン地獄で九尾なのじゃ
チャーハン。
男の料理といえば、まず真っ先に出て来る一品ではないだろうか。
かくいう俺も、チャーハンにはお世話になっている。冷凍したミンチやコンビーフ、シーチキンなんかと、中華スープの素を混ぜれば出来上がるので本当に助かる。
だがしかし。
「連日チャーハンというのはちょっとなぁ」
「のじゃぁ、仕方ないのじゃ、お給料日前じゃから……」
そう時は給料日前。お金のない候。
共有の財布の中身はすってんてんで、おひとり様百五十円の卵くらいしか買えない週のことである。
いや、もちろんそれを見越して、普段は家計をやりくりしているのだが。
今月は予定外の出費がいろいろとあったのだ。
受信料の支払いとか、家賃の更新費の払い込みとか、保険の払い込みとか。
それで、つい、家計を圧迫する事態となってしまった。
そこらへんもちゃんと見越して生活していかんと、やっぱり駄目だな。
前の会社の給料の感覚――残業代でなんとかなる――で生活してたら痛い目にあう。いや、もう実際あってるんだけれど。
そんな財政状況で毎晩おいなりさんなど食べれる訳もなく。
仕方なく俺と加代は、なんとか残っていた米と冷凍肉を使って、チャーハンで食いつないでいた。
朝はご飯とみそ汁。
夜はチャーハン。
決まった料理が多いのが一人暮らしの身の辛さとはよく言ったものだ。
だが、ここまで続くとちと辛いを越えてしんどい。
「せめてピラフ、あるいはドライカレー、バリエーションを増やせれば」
「バリエーションあるのじゃ。昨日はツナチャーハン、今日は豚ミンチチャーハン、明日は鳥ミンチチャーハンなのじゃ」
「明後日は合い挽き肉チャーハンなのじゃ? 違うんだよ、そういうんじゃないんだよ。もう少し味にバリエーションが欲しいんだよ」
永〇園のチャーハンの素だって、五目、焼き豚、カニとあるだろう。
常に中華スープ味というのはさすがに食傷気味になるよ。
溜息がテーブルに吹きかかる。
やめるのじゃご飯が美味しくなくなると、加代は言うが、既にもう俺にとって目の前のチャーハンは、美味しさを感じるものではなくなっていた。
いや、美味しいよ美味しいんだけどさ。
こうあれじゃない。
色のない世界じゃないけど、舌が味を感じなくなってんだよね。
あんまりにも代わり映えがなさ過ぎて。
「こういの見越して、もうちょっと調味料を増やして置くんだったなぁ」
「のじゃぁ、そんなの揃えてたら、ますます貧乏になってるのじゃ」
「……試しにマヨネーズでもかけてみるか」
「いや流石にそれはチャーハンへの冒涜なのじゃ!!」
昔なんだったかで、油の代わりにマヨネーズ使ってチャーハン作ると美味しくなるとか見た気がするんだけれどな。
まぁ、確かに、中華味の飯の上に乗っけるのは気が引ける。
冗談だよと断って、俺はまた味のしないチャーハンにスプーンを突っ込んだ。
うむ。やはり、いつもの味だ。代わり映えがない。
「これならもう、卵も肉も要らないんじゃないか。油でご飯炒めて、中華スープの素を振りかけたら、それでいいんじゃないか」
「それはもうチャーハンですらないような」
「飯を炒めると書いて炒飯だろ、何も間違っていない」
「のじゃぁ。聞いててこっちが悲しくなるから、そろそろやめて欲しいのじゃ」
というか、こっちだってあぶりゃーげ我慢してるんだから文句言うななのじゃと加代さん。珍しく恨み節の籠ったその声色に、そりゃどうもすみませんと謝って、俺は皿の上の焼かれた米を無理くり口の中に押し込んだのだった。
はぁ。貧乏ってのは、嫌なもんだね。
「……給料入ったら。どっか飯でも食べに行くか」
「……えぇのう、たまにはちぃとくらい、贅沢するかのう」
◇ ◇ ◇ ◇
はたして、給料日。
俺と加代は仕事上りに待ち合わせると、大型ショッピングモールの飲食店フロアにやって来ていた。
「のじゃ!! 今日は好きな物を食べるのじゃ!!」
「おうさ!! ビバ給料日!!」
「桜、何が食べたいのじゃ!! 特別に選ばせてやるのじゃ!!」
「加代ちゃん先生僕はラーメンが食べたいです!! おいなりさんないけどいいですか!!」
「ぐぬぬぬ……今日だけは特別なのじゃ!! 許す!!」
「許された!!」
よっしゃと、ガッツポーズを取る。
なにやってんだこいつらという視線を、サラリーマンや子供連れの奥様方から浴びながら、俺たちはいそいそとラーメン屋に入った。
背脂たっぷり。
メニューの絵を見ているだけで、お腹いっぱいになりそうな濃厚なラーメン。
これになんとセットメニューまで付けちゃう。
だって給料日だから。
俺は席に着いたのも早々に、注文いいですかと店員さんに声をかけた。
「すみません、ラーメンのチャーハンセット一つ。あと、チャーハン大盛で」
「……しゃ、
え、なに。
なんか俺、おかしいこと言ったっけ。
信じられないものでも見るような目をこちらに向ける加代さん。
そんな高いものを頼んだ覚えはないのだけれど。なんでそんな顔を……。
いいじゃないか、チャーハンセットくらい頼んだって。
こちとら数日チャーハンばっかり食べてて、チャーハンでゲシュタルト崩壊起こしかけてるんだぞ。チャーハンセットくらい食べさせろよ。
うぅん。
そう。
チャーハンね。
チャーハン。
「チャーハンセットですね。かしこまりました」
「あ、え、あ、いや、その、えっと」
「え? オーダー変更ですか?」
きょとりとした店員さんの目が俺の方へと向けられる。
電子電卓を持った彼女が目を瞬かせるその仕草を、どうして俺は見続けることができなかった。
そして、隣で心配そうにこちらを見る、加代にも顔を向けることができなかった。
テーブルの上に視線を落としチャーハンの印刷されたメニューを見て。
「……いえ、チャーハンセットで」
俺は改めてオーダーを店員に告げたのだった。
チャーハン。
どうやら既に、俺の中でそれは意味を捉えられない存在になっていたようだ。
「のじゃ、こっちは唐揚げセットで」
「唐揚げセットで」
「……加代さん、唐揚げとチャーハン半分こしない」
「……そういうと思って唐揚げセットにしたのじゃ。世話の焼ける奴じゃのう」
ごめんね、米も俺も焼かせてごめんね。
仕方ないのうという生温かい視線と溜息が、頭に浴びせかけるのを、俺は黙って耐える事しかできないのであった。
とほほ。
チャーハン。
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