第284話 三倍返しで九尾なのじゃ

 ヤッホー、みんな、ホワイトデーってる。

 俺はね、今年はチョコレートを誰からも貰えなかったんだ。

 だからホワイトデーなんて訪れないんだ。


 僕たちはこの世界に平等に生きている人間だ。

 だというのに、生きている世界が違うと感じる瞬間がこんな風にある。

 そんなことって許されるのかね。

 許されていいのかね。


 僕はどうかと思うな、どうかと思う。どうかしていると思う。


「ホワイトデー反対!! そもそも、ヴァレンタインデー反対!!」


「のじゃぁ!? 急に叫んでなんなのじゃぁ!?」


「恋人たちの日など、この地球上から消え去ればいいんだ!!」


 ヴァレンタイン&ホワイトデー否定派の急先鋒である俺は、自室で声高らかにホワイトデー不要を叫んだのだった。

 それに応えるのは同居狐(♀)。


 そも、この同居狐が、ヴァレンタインにチョコレートを渡さぬのが悪い。


「お前が素直に渡してれば、俺にもホワイトデーはやって来たというのに!!」


「のじゃぁ。それは、その、あの日に謝ったではないか。というか、わらわ、ヴァレンタインデーに贈り物はちゃんとしたぞえ」


「おいなりさん貰って喜ぶ男子がどこに居るのじゃ!! あんなもん独身男子のわびしい夕食と変わりないんじゃぁい!!」


 だからお前、次の日に自分でチョコレート作る破目になったんだろうが。

 ちくしょう馬鹿にしてくれちゃって。


 のじゃぁと委縮する加代。

 側頭部に生えている耳をすっかりと寝かせて、彼女は申し訳なさげに目を伏せた。


「まぁ、それは、すまんことをしたと思っておるのじゃ」


「おるのじゃと思うなら、チョコちゃんと渡せよ、チョコを!!」


「そんな鬼のように怒らんでも」


「まぁね、加代さんにね、そこんところの絶望感を味わってもらうためにね。俺も意趣返しって奴を用意させていただきましたよ。そこはね」


 のじゃ。と、よく分からないと言いたげな反応をする加代。

 そんな彼女をよそに、俺はこの同居狐が留守にしている間に買っておいたホワイトデーの意趣返しを、部屋の引き出しから降ろしたのだった。


 うむ、両手で抱えるのにちょうどいいこの存在感。

 ホワイトデーは三倍返しとよく言うが、確実に質量的に三倍はある。

 おいなりさん比だが。


 ひょこり、と、加代の奴が頭の耳を吊り上げた。

 プレゼントが出て来るとは思っておらず、きっと驚いたのだろう。


 気がつけば、ぽんという炸裂音と共に、尻に尾まで生えていた。

 もちろん九つ。


 そしてそのイヌ科の動物らし――からぬ、円らな瞳に映るのは四角い段ボール箱。

 そう、十二個入り、千円、お徳用、である。


「桜よ、その形状、その大きさ、もしかして……」


「そうだ、俺からお前への意趣返しホワイトデーのプレゼントだ!! 受け取りやがれ!!」


「のじゃぁ!! 話が分かるのじゃぁ!!」


 喜んで、俺からそれを受け取る加代さん。

 ひゃっほーい、という声と共に、尻尾と耳がひくひくと動いた次の瞬間である。


「……え、緑?」


 段ボールに印字された文字を見て、その顔が絶望に染まった。


 そう、俺が送ったのは緑の方のカップ麺である。

 赤い方ではない。


 残念、緑は仲間だよ、加代さん。

 お前に絶望を味合わせる為に一時的に組んだだけだがな、フハハ!!


「どうだお前!! このまんまと梯子を外された感!! 赤じゃなくってびっくりしただろう!! 油揚げのお返しは、当然、油揚げでくると思った!? 残念、てんぷらですぞー!! しばし絶望にもだえ苦しむといいわ、この駄女狐が!!」


 これが俺がヴァレンタインデーに味わった苦しみよ。


 しっかり噛みしめるがいいわ。

 油揚げじゃなくって、さっくさっくだけどな、そっちは!!


 やってやったやってやったと、すがすがしい気分で俺は天井を見上げた。

 目には目を歯には歯をである。

 やられたらやり返さないとね。


 まぁ、これに懲りて、来年は普通にチョコレートを贈ってくれれば、俺としては何も文句はな――。


「……のじゃぁ、まぁ、これはこれで」


「え、いいの!?」


 絶望の顔をしたかと思えば、あっさりと、いつもの顔に戻っていた加代さん。

 この狐、したたかである。


 緑は敵ですぞーと叫ぶと思ったのに。


「おまんま食えるだけでもありがたいのじゃ。てんぷらやおあげくらいの違いで、めくじらたてるものでもないのじゃ」


「くっ、なんて大人な対応」


「というか、食べ物で遊んじゃ駄目なのじゃ。カップ麺、ちゃんと安売りの日に買うてきたのであろうな? 特売日でもないのに箱買いしたとか申したら――」


 いやほら。

 それはその。

 急いで用意したからさ。

 仕方ないと思うのじゃ。


 やれやれ。

 今日はどうやら、俺が「のじゃぁ」と言う日らしいな。


「のじゃぁ……」


しゃくりゃ!! 無駄遣いは控えよと、いつも申しておるであろう!!」


 かくして俺のホワイトデーは、お説教という形で幕を閉じたのであった。


 のじゃぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る