第283話 十七条拳法で九尾なのじゃ
皆さんは、陸軍中〇予備校という漫画をご存じだろうか。
かの昔、安永〇一郎先生が週刊少年サン〇ーで連載していた伝説的なギャグ漫画である。
ちなみに俺が生まれるちょっと前くらいに連載されていたものなので、世代的に俺は知らないのだが――。
まぁ、他の作品を読んだ流れで、安〇先生が書かれた漫画は通して読んでおり、その縁もあって知っていたりするのだ。
なんでまたそんなことを唐突に言い出したかといえば。
「……加代さん。家の中で太極拳はやめていただけますか」
「静かにするのじゃ。それに、これは太極拳じゃないのじゃ」
「じゃぁなんなの?」
「コンコンケン。中国四千年の歴史の中で、編み出された狐による狐のための狐の拳なのじゃ」
コンなのか、ケンなのか。
発音だけでもまどろっこしいというのに、その上に部屋で練習するとか、ほんと勘弁していただきたい。
俺は目の前を両手で覆って嘆いた。
ただでさえ狭い我が家のリビングで、そのコンコンケンとやらに興じる加代さん。
なんでこんなことになったかと言えば、いつもの通りだ。
彼女のお仕事によるものであった。
「のじゃぁ。仕方ないのじゃ。近所の道場で、武術師範として雇われたのじゃから」
「なんで雇われるの。馬鹿なの、それともそこの道場主も狐なの」
「狐ではないが――狐に憑りつかれたような状態になっておってのう。曖昧な状態が多いため、道場は開店休業。師範をやれる人間を娘さんが捜しておったのじゃ」
「なんで探すの。開店休業じゃなくて廃業しなさいよそんなの」
「名を岩本こ――」
言わせねえよ。
俺はすかさず叫んだ。
もちろん、山口貴〇先生もファンである。
武士道とはシグ〇イなり。衛府の〇忍の続刊も楽しみで誤チェストにごわす。
「のじゃぁ。仕方ないであろう。ハローワークに求人出てたのじゃから」
「ハローワークで求人するんだ、最近の道場の師範って……」
「でまぁ、昔、こういう拳法やってましたって演舞してみせたら、なんでもいいので師範代にということになってしまったのじゃぁ」
「適当だなぁ、お前も、雇い主も」
そんなだから仕事が長続きしないんだよ。
もうちょっと、就職プランは計画的に建ててフォックス。
とはいえ引き受けてしまったものは仕方がない。
演舞してみせたとはいえ、昔やっていたなんとやら。
今はすっかりとその腕も錆付いている。
その錆を落とすために、こうしてお部屋で練習している訳なのだ。
こういう妙な所で真面目なんだから。
ほんと、どうせ寂びれた道場なんだから適当にやっときゃいいのにさ。
やれやれである。
「まぁいいけど、あんま下の人の迷惑にならんように、静かにやってくれよ」
「のじゃ、任せるのじゃ」
道場でどうじょと言いたいところだが、今回ばかりは目を瞑ってやろう。
それだけ言うと、俺は彼女から少し離れたリビングの窓辺に移動した。
俺の注意に従って、そろりそろりと静かな足取りで体を動かす加代。
まぁこれなら、下に迷惑をかけることはないだろう。
ふぅむ、しかし、拳法ねぇ――。
「お前、それでそのコンコンケンっていうのは、強いのか?」
「強い。少なくとも、動物界最強の技なのじゃ」
「動物界最強」
基準がよく分からん。
トリケラ拳とどっちが強いのだ。
なんにしても、動物の尺度で語られても困る。
おまけに、さっきからぐるりぐるりと部屋の中を回るような動作をみせるばかりで、いまいち技らしい技をみせてくれない。
怪しいものだな。こんなんで、本当に人に教えられるのだろうか。
仕方ない。ここは同居人のよしみである。
「よし、よく分からんが、俺を入門してきた弟子だと思って、ひとつレクチャーしてみそ」
「のじゃ? よいのか?」
よいのじゃよいのじゃ。
どうせまたすぐにクビになるのは見えてるけど、それでも、精一杯頑張っているんだから、そこは応援してあげたいのよ。俺としても。
なんにしたって、収入にはなる訳だし。
俺からの協力の申し出がよっぽど意外だったのか、目を丸くする加代。そんな彼女に、ほれ、はやく教えてくれよと、俺はせっついてみせるのだった。
「のじゃぁ、なんだかむず痒いのう」
「そんなん言ってたら練習にならんだろう。ほれ、それでどうすりゃいいんだ、加代師範」
「加代師範――のじゃぁ、ではそうじゃのう、しっかりと学ぶのじゃぞ桜くん」
おう、やっと乗って来てくれたか。
その気になった加代が咳ばらいをしたのを聞いて、俺はついつい笑ってしまった。
こりゃ笑うなと加代師範。
真面目モードだ。
どうやら、彼女の修行は厳しくなりそうだ。
「では、まず初めに」
「初めに?」
「――尻尾を生やします」
ポン、と、音を立てて九つの尻尾が彼女の尻に展開した瞬間、俺は悟った。
あ、これ、一日も持たないパターンの奴だわ、と。
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