第258話 梅が咲いたで九尾なのじゃ
金がなければデートにも行けぬ。
いや、訂正しよう。
金がなければ遊びにも行けぬ。
貧乏暇なしとは今は昔、貧乏は遊ぶ金なし余裕なしである。
どこかに出かけようにも食べるものもなければ電車賃にも事欠いてしまう。
とはいえ毎週末家にひきこもり――というのは、精神衛生上よろしくない。
かてて加えて健康にもあまりよろしくない。
そんなこともあり。
「のじゃぁ、まだまだ寒いのじゃぁ」
「本当にな。ホッカイロでも持ってくるんだったぜ」
貧乏人なら貧乏人らしく、散歩でもしようじゃないか。
ということになり、俺と加代の二人は休日、昼食後一緒に、少し離れた所にある植物公園まで散歩に行くことにしていた。
日本列島を襲った近年稀にみる寒波は、少しばかりマシにはなっている。
だが、まだまだ北から吹き付けてくる風は冷たい。それにぶるりぶるりと体を震わせ、加代の奴は狐耳を震わせ、俺たちは空っ風の吹く農道を公園に向かって進んだ。
冬の散歩は辛いものである。
俺もまぁ、隣のこいつが一緒じゃなかったら、絶対やってないだろうな。
「のじゃぁ。全ケモ、あるいは半ケモモードなら、こんなのへっちゃらなのじゃが。人間状態だとしんどいのじゃ」
「全ケモならなんとかなるんじゃないか。狐っぽいけど、犬って言えば」
「のじゃ!! それじゃデートじゃなくて、犬の散歩になってしまうのじゃ!!」
そこは加代さん譲れぬこだわりがあるらしい。
狐だというのに、もっこもっこに服を着こんで、頭にはニット帽。そこから狐色した耳をはみ出させた彼女は、ずずり鼻をすすってこちらに向かって力説した。
うぅむ、まぁ、金がなくてデートスポットにも連れていけぬ手前もある。
俺は黙って彼女の言う事に従うことにした。
亭主関白にはほど遠いやり取りだ。
狐に尻にしかれっぱなしな自分をちょっとだけだが情けなく感じた。
余計に、冬の風が肌に染みる。
「のじゃぁ。はよ春にならんかのう」
「犬は喜び庭駆け回ると言うのに、そういうことを言うかね」
「だから犬じゃないのじゃ!!」
「悪い悪い。けど、まぁ、確かにはよ春になって欲しいよな、まったく、堪える」
「朝の通勤はもちろんお勤めも一苦労なのじゃ。うぅ、思い出しただけで、震えが」
ぴくぴくと、加代の耳が震えて、ニット帽が揺れる。
牛乳配達に新聞配達と、早朝のアルバイトをすることの多い彼女。
ある程度、太陽の光で温まった八時台に出勤する俺と違って、加代にはこの冬の寒さは死活問題なのだろう。
はぁ、と、口から息を加代は手に吹きかける。
厚い革製の手袋だというのに、そういうことをしてしまうのが、なんだかいじらしかった。
男らしく養ってやれればいいのだが――まぁ、そんな余裕もないのが実情である。
今の会社でもう少し働けば、給料も上がって、少しは生活に余裕も出て来る。
福利厚生もしっかりしているし、家族手当も出るそうだ。
いざとなれば籍を入れれば――。
などと考えていると、ぴとり、と、加代が俺の肩に体を寄せた。
「いらんことを考えておるみたいなのじゃ」
「いらんことじゃねえよ。将来の事だよ」
「心配せんでも、
「……そう言ってくれると、こっちとしても気が楽なのじゃ」
うりうり、と、わき腹を突いてやる。
すると、のじゃ、と、素っ頓狂な声を加代があげた。
からからと彼女を笑い飛ばすと、やったのじゃ、と、彼女は顔を真っ赤にしてこちらに挑みかかって来る――。
かと思いきや、ふと、彼女の歩みが何かを見つけて止まった。
なんだろうかと振り返れば、そこには、白い花がぽつりぽつりと。
まるで溶け残りの雪のように、樹々に映えていた。
「梅なのじゃぁ」
「おぉ、もうそんな季節か」
梅が咲けば春まであと少しだな。
そんなことを考えながら、俺は樹々を加代と肩を並べて見上げるのだった。
「のじゃ。ここの梅は採っても怒られんかのう。漬けて梅干しにすれば、ご飯が」
「うぅん、華より団子。いや、実か……」
情緒もへったくれもないな、と、俺は乾いた笑いを吐き出した。
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