第253話 立ち食いソバで九尾なのじゃ

 取引先と急な打ち合わせが入ったため、俺は昼休みを利用してそちらに来社することになった。昼休みが取れないのは残念だが、先方都合では仕方ない。


 まぁ、やむなしとそこは割り切って。

 会社からへの最寄駅へと向かう道すがら――。


 問題は昼飯に何を食うかだ。


 と、俺は某、孤独にグルメする番組みたいに考え入ってしまった。


 ぶっちゃけ昼一番からの打ち合わせのため、まったりとご飯を食べているようなそんな余裕はない。早い、安い、それでもってそこそこにうまい。

 となると牛丼チェーン店などがいいのだが。


「会社から駅までの間にないんだよな、牛丼屋」


 普通のうどん屋や定食屋ならある。

 だが、普通過ぎてちょっと食事が出て来るまでに間があるのだ。


 その時間が命とりとなって、打ち合わせに遅れてしまう可能性があった。


 できればファストフード店がいいのだが。

 なんてことを考えているうちに駅に着いた。


 いかんな、これは。

 うぅんどうしようかと迷っていながら駅の構内に入る。


 このまま、中の売店でランチパックでも食べようか。


 なんて思った俺の目に、入って来たのは――。


「なるほど立ち食いソバ。そういうのもあるのか」


 いつだって俺たちのような企業戦士の強い味方。

 駅内立ち食いそばがあることをすっかりと忘れていた。


 俺はネクタイを少し緩めると、その立ち食いそば屋に足を踏み入れた。


 すると。


「らっしゃいなのじゃ!!」


 よく見る顔が威勢よくカウンターでお出迎え。


「はい、まぁね、前にもこんなネタあったかもなぁ、なんて思ったから。ある程度予想してましたよ」


 ここで出て来るのねフォックス。

 立ち食いソバ屋のカウンターで、キッチン帽を被って待ち構えていたのはOKITUNE。


 俺の同居人の加代であった。


 まーたこいつはお仕事クビになったのか。

 いつものこと過ぎて、ツッコむ気すら起きないが。


「のじゃのじゃ。当店は食券制なのじゃ。奥の販売機で買って欲しいのじゃ」


「へーい」


 そう言われて、俺は素直に狭い店内の通路を抜けると食券機の前へと移動した。

 逆らって、時間を食うのも勿体ない。


 食べるのは蕎麦だけで充分である。


 と、思ったのも束の間……。


「おいなりセットしかないんだがこれ」


「そばだけでは栄養が偏ってしまうのじゃ。栄養バランスを考えて、おいなりさんも食べるのがいいのじゃ」


 単にお前が食べたいだけじゃないんかい。

 そう思いながらも、ぐっと我慢する。


 ツッコんだら負けだ。ツッコんだら負け。


 今日は蕎麦だけを食べに来たんだ。


 おいなりセットはさておいて、問題は蕎麦だ蕎麦。

 やはりシンプルにかけそばにしておくのが無難だろうなぁ。


 なんて思ったのに。


「……なんできつねそば、衣笠そば、鴨南蛮そばしかねえんだよ」


「のじゃ、やはり油揚げを食べて栄養を」


 かけそばがなかった。


 にしんも、山菜も、てんぷらもない。

 おあげさんの入ったそばばかりである。


 いかん、ツッコんだら負けだ。いいか桜よ、お前はそばを食いに来たのだ。


 時間を食っている場合ではない。


 なんだよきつねそばって、きつねうどんじゃないのかよ。

 そんなことを思いながらも、一番安くて、一番簡単に出てきそうなきつねそばの食券を買う。そして、一番乗り場に近い席に着くと、それを加代に差し出した。


「のじゃのじゃ。当店のお揚げは、揚げたてアツアツをモットーとしているのじゃ。提供までにお時間十分ほどかかりますが大丈夫なのじゃ?」


「大丈夫じゃねえ!! 立ち食いそばに求めんのはそういうんじゃないんだよ!!」


「のじゃぁ!?」


 結局始まる狐問答。

 コンコン切々と、俺は加代に説教をかますこととなった。


 やれやれ。

 まぁ、なんとか打ち合わせには間に合ったが。

 俺は結局、電車の中で加代の握ったおいなりさんを食べる羽目になるのであった。


 まぁ、これはこれで、悪いもんじゃない。


「お、五目か。こりゃ確かに、健康には良さそうだわな」

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