第252話 マインドフルネスで九尾なのじゃ
「人間の脳は何もしていなくても疲れてしまうのじゃ。そこで、それをしっかりと休めさせるために、マインドフルネス瞑想が有効なのじゃ」
「……狐、お前は狐なのじゃ」
しっかりしろ加代。
帰って来るなりいきなり変な宗教に毒されたみたいな台詞をのたまった同居狐に、俺は少し強めの口調で言った。
まーたお前、変なものを教え込まれて来たな。
お仕事かそれとも自己啓発セミナーか知らんけれど、変な病気を俺の生活圏内に持ち込まないでくれフォックス。
ふっふっふ、と、腕を組んでしたり顔をする加代。
あ、これ、ダメな奴ですわ。
俺がどんな顔しても話を続ける奴ですわ。
こいつ話を始めると長いんだよなぁ。
勘弁して欲しいわ。
割と、真面目に。
「のじゃのじゃ。マインドフルネス瞑想は、怪しい宗教でもなんでもないのじゃ。要は脳のトレーニング方法なのじゃ」
「脳のトレーニングね。数学のドリルでもした方がいいんじゃないの」
「そういうトレーニングではなくてのう。ついつい考えすぎてしまう脳味噌を、どうやって考えなくするのかと、そういうお話なのじゃ」
「そんなもん寝ちまえば一発じゃないかよ」
「のじゃ、だからそういうことではないのじゃ」
意味が分からん。
人間なんて意外と何も考えていないものだろう。
そんな四六時中、あれやこれやと考えて居られるほど、人の頭はかしこくできていない。だいたい、はっと、気が付いたら意識が飛んでいることなんて、俺はしょっちゅうだ。
うん。
それは単に眠いだけのような気もしないでもない。
まぁ、それはさておきだ。
「のじゃぁ。最近働いてるベーグルショップで、毎朝みんなでやってるのじゃ。実際、マインドフルネスした日は頭がすっきりして仕事の集中力が増すのじゃ」
「ベーグルショップって。お前また、凄いところで働いてんだな。女子かよ」
「女子なのじゃ!! 失礼な奴じゃのう!!」
その前にお前さんは狐だろうがよ。
野性をどこに置いて来たんだ。
ベーグルショップの店員さんって。
しれっと女の子が憧れる職業についてんじゃないよ。
「とにかく、集中力を上げるのに持って来いのトレーニングなのじゃ!! 桜もやって見るのじゃ」
「いいよ俺は別にそんなの。ていうか、めんどうくさい」
「のじゃ!! 絶対、桜の仕事の役に立つのじゃ!! 効果は保証するのじゃ!!」
「いや、保証するって言われてもなぁ……」
俺は加代の方をじっと見る。
もし、それに、本当に効果があるのだとしたら。
この狐娘は、きっと、お仕事をクビにならずに済むんだろう。
と、そんなことを俺は思った。
はてさて、ベーグルショップの店員を、何日続けられるだろうか。
一週間。
いや、五日くらいかな。
「のじゃ!! そんな態度ならいいのじゃ!! 後から教えて欲しいと言っても、教えてやらんからのう!!」
「はいはい、大丈夫ですから、間に合ってますから。一人でやってどうぞ」
そんなことを言いながら、俺はごろりとその場に寝がえりを打った。
やれやれ、瞑想ねぇ。
職場の昼休みに、五分で寝れる俺には、そんなの別に必要ないと思うのだがね。
今もこうして横になり、呼吸に意識を集中していれば、自然と心が落ち着いてきてだなぁ――。
「スヤァ……」
「のじゃ!! 人が真面目な話をしておるのに、寝るでない!!」
平常心平常心。
周りが何を言っていても気にしない。
そっと心を息遣いに集中して、そうして脳を休めるのだ――。
ただ、がっつり寝ちゃうと、昼休みの終わりに気が付かない。
だから、まどろむ程度に。
「のじゃ!! 桜よ、聞いておるのか!!」
「聞こえない、聞こえない、一休み一休み」
「のじゃ!! 聞こえておるではないか!!」
耳から入ってくる音を、そのまま、呼吸と共に吐き出す。
そんな風にして、平常心を保って昼休みをリラックスすることが、午後からの仕事の能率を上げるライフハックだよね。
マインドフルネスなんかより、よっぽど有効だっての。
「のじゃ、桜ぁっ!! 話を聞いて欲しいのじゃぁ!!」
「……」
「しゃくりゃぁっ!!」
「……だぁもう、そんな涙声で言わんでもいいだろ。悪かったよ」
ただまぁ、流石に家の中では、この駄女狐のせいでやることはできなさそうだが。
やれやれ。
まぁ、大切な人との時間というのも大切だからな。
それはしゃーなしだ。
いや、狐か。
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