第228話 どき!? 結婚式で九尾なのじゃ!!

 さて。

 蓋を開いてみれば大団円。


 かくして一連の会長襲撃事件は解決に至り、収まるべきところに話は収まった。


 社長が持ち出した取引――というよりも、一方的なおねだり。

 それを、会長はすんなりと受け入れた。


 八尾明美と宮野部長がやったことをすべて水に流し、彼らは和解したのだ。


「八尾くんがそんなことになっているとは知らなかった。彼について、気にかけていなかった訳ではないんだ。こうなったのはある意味仕方なかったのかもしれない」


 そう、三国会長は俺に言った。

 だが、はたして、それは彼の気にしすぎのように俺には思えた。


 加代が言った通りだ。


 恨んでみたところで。

 嫉んでみたところで。

 そして復讐してみたところで。


 事態も自分も何一つとして変わることはない。


 問題はその苦境の中にあって、どう自分を見失わないかだ。


 世間という荒波の中で、つい見失いそうになる自分という存在。

 それを繋ぎ留めるだけの何かが彼女には必要だった。


 八尾明美に足りなかったのは、一緒に歩んでいく相手。

 それだけだったのだ。


 つまるところ、見方を変えてしまえば、俺たちは壮大にはた迷惑なラブコメディに巻き込まれて、振り回されたということになる。


 やれやれ、ただでさえややっこしいお狐様を抱えて、こっちは手一杯だってのに。

 そんなのに巻き込まないでほしい。


 そして――。


「なんで、友人代表で俺がスピーチなんぞせにゃならんのだ」


「のじゃ。泣いて頼まれてしまったら仕方ないのじゃ」


 大人のラブコメディの終わりは、それ相応の結論が待っているもの。


 俺たちは今、白戸と楓――もとい、八尾明美の結婚式に参加していた。


 事件が落着したのを受けてすぐ、白戸は八尾に求婚した。

 そして彼女はそれを受け入れた。


 まぁ、これだけのことをして、煮え切らない態度を取られたら、流石に振り回されたこっちとしても、勘弁してくれよとなるだろう。


 なるべくしてなったと言っていい。

 それは物語の終着点であった。


 そしておそらく、最良の。


「というか、三国社長がやればいいだろ、こんなのは。なんで大学時代からの友人の結婚式に出られないんだよ。おかしいじゃねえか」


「……社長さんは社長さんで大変なのじゃ。ぐちぐち言ってないで、男だったらシャキッとするのじゃ!! ほれ、ネクタイが曲がっておるのじゃ!!」


 頼みもしないのに、俺のネクタイを引っ張って直す加代。

 彼女の弟であるハクくんと、その部下であるタマモクラブのキャストたちが、某赤い虫のサンバを踊る中、なんとも締まらない姿である。


 いや、締まっていないのは、俺のネクタイか。


「ちょっちょっ、ちょっと加代、やめろって、痛いっての!!」


「このくらいきつく締めておくくらいでちょうどいいのじゃ。ただでさえ、お主は普通にしててもだらしないのじゃから」


「普通にしててもってなんだよ。だいたいお前なぁ、そのドレスを新調するのに、幾らかかったと思ってるんだよ。人の金だと思って、高いの買いやがって」


「のじゃぁ、では、お主一人で出てもよかったのかえ? 結婚式に?」


 待て、それは困る。


 別に、結婚式に出ること自体は初めてのことではない。


 ことではないのだが。


 その居づらさというか、独特の居心地の悪さはあまり好きではない。


 そこに加えて一人で参加なぞしてみろ。

 それで、まかり間違って、面識のない親戚一同の席にでも混ぜ込まれればどうだ。


 おう、もう、居たたまれなさしかないというもの。

 せめて隣に気心のしれた友人がいてくれれば心強い。


「確かに、お前がいてくれるおかげで、孤独に耐えなくて済むのは心強い。心強いが、それとこれとは話が別だ!!」


「のじゃ、頑固な奴よのう。わらわの艶やかなドレス姿を見れて、眼福とは思わんのかえ?」


「正直、ハクくんのお店の娘たちの方がレベルがたか……イタイイタイ、やめてください九尾さま、お狐ホールドきついです!!」


 狐色をしたドレスの裾から、器用に九つの尻尾を繰り出して、ネクタイだけではなく全体的に俺を締め落とそうとする加代さん。


 白いレースが適度にあしらわれたワンピースタイプのドレス。

 なんというかまぁ、三千年生きた割には幼児体型の加代に見事に似合っている。


 かわいらしいといえば、かわいらしい。


 いや、文句なしにかわいらしい。


 だが、それを素直に言うような俺ではない。


 たとえお狐ホールドを決められようとも。

 決して、俺は、かわいいだなんて、同居人を安易にほめたりなんかしない。


 絶対にだ。


「これこれ、せっかくの結婚式だというのに、喧嘩してどうする」


「めでてえ日なんだ、夫婦喧嘩は家までとっとけ」


 そう言って、俺たちのやり取りを笑ったのは、三国社長と陸奥副社長である。

 どうやら本当に白戸の奴は、俺と社長以外に友人らしい友人がいないらしい。


 友人席を作るまでもなく、こうして会社の上司席と一緒にされた次第であった。


 こんなことになるのならば加代を無理に連れてくるんじゃなかった。

 とほほ、と、改めて溜息が口を吐く。


 その溜息と共に、加代もお狐ホールドを解除する。


 のじゃふぅ、と、なんだかまだ納得はしていない様子だったが。


「そうなのじゃ。そうなのじゃ。会長さんたちのおっしゃる通りなのじゃ。めでたい席なのに、夫婦喧嘩なんてして、犬も食わないことをしててはいかんのじゃ」


「狐が食ってかかってくるんだろうが……いててて!!」


「とにかく!! シャンとするのじゃ!!」


 仕事ではだらしないのに、こういうイベントごとでは妙に気合を入れるのだから。

 まったく嫌になるよな。


 これくらい真面目に仕事もしてくれればいいのに。

 いや、真面目にはやっているのか。


 それでもドジるだけで。


 なんとかハク君のお店――タマモクラブのキャストのおかげで、華のある結婚式にはなっている。それを、俺たちのいつものやり取りで、水を差すのは忍びない。


「えぇ、では次は、新郎のご友人かつ、お二人が結婚するきっかけとなりました、桜さんからのスピーチになります」


「ほれ、呼ばれておるのじゃ!! 尻尾に気合入れて行ってくるのじゃ!!」


 べしり、と、俺の尻を叩く加代。


 俺は尻尾なんぞ生えてないというに。

 そんな所を叩かれても困る。


「しっかり尻に敷かれてるなぁ」


「月に二回も結婚式やるのは勘弁してくれよ。こっちの財布がもちゃしない」


「あんたらそんなの気にならないほど稼いでるでしょうよ!!」


 そう言って、俺は席を立つと、幸せそうに肩を並べて座る白戸と八尾の元へと向かったのであった。


 まったくガラじゃない。

 ガラじゃない役回りだぜ。


 まぁけど、ここまで顔を突っ込んでおいて、知らぬ顔ってのもできないわな。


「……えぇ、まずは白戸さん、八尾さん。ご結婚おめでとうございます」

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