第220話 タマモクラブとはなんなのじゃで九尾なのじゃ

 動乱のお見合いから、アケボノ会館跡地での楓の発見。

 そんな怒涛の休日より明けて次の日。


 俺は加代が作った油揚げの味噌汁をすすりながら、昨晩のことを考えていた。


「確かに、あいつはタマモクラブの楓だった。いったい、なんで彼女があんな所に。これはたんなる偶然なのか?」


「のじゃ? たまごクラブ?」


「白戸と楓はたしか話によると付き合ってんだよな。だとしたら、もしかして白戸から彼女が情報を盗んでいるとか」


「のじゃぁ!! ささ、流石に籍も入れていないのに、そういうのはどうかと思うのじゃ!! まぁ、桜もそういう年頃だし、そろそろとは思うかもしれんが――なにせ、わらわにも心の準備というものがあってのう」


「けど、わざわざそんなことをするだろうか。理由が分からん」


「しかしまぁ、そろそろ親御さんを心配させてしまっておるしのう。いい加減、孫の顔も見たいじゃろうし。うちも、ママさえ許してくれれば、問題はないのじゃが」


「……うん? なんの話だ?」


「へっ? 子供の話ではないのかえ?」


 違う違う、どうしてそうなる。

 というかなんで狐と子供を成さなければならないのか。


 特殊な性癖の漫画でもそうない設定だと思うのだが。


「けど、たしかに、たまごクラブと桜は言ったのじゃ!!」


「ちげーよ。タマモクラブって言ったんだよ」


「タマモクラブ?」


「そう、繁華街にある高級クラブで、綺麗なオネーちゃんたちが……」


 と、そこまで言って、俺は自分がうっかりと口を滑らしたことに気が付いた。

 ゆらりと加代さんの肩から黒いオーラが立ち昇る。


「……浮気? 浮気なのじゃ、桜よ?」


「違う、これはその付き合いで仕方なく」


「……男の人は決まってそういうのじゃ!! 正座ぁっ!!」


 座卓の上に味噌汁を置くとひょいとその場で正座をする。

 この荒ぶる狐モードに入った加代さんに逆らうのはなかなか難しい。


 自分の口の滑りっぷりを恨みながら、俺はとほほとフローリングの床を眺めた。


 朝から考え事なんてするもんじゃないね、まったく。


「だいたい、桜よ、わらわというものがありながら最近なんなのじゃ」


「……最近って?」


「お見合いしたり!! 高級クラブに出入りしたり!! まったく誠実さが足りてないのじゃ!! これが小説かなんかだったら、三下り半を貰って出ていく――そういう展開なのじゃ!!」


「いや、お前、別に結婚してないんだから、それはいらんだろ」


「だまらっしゃいなのじゃ!!」


 どん、と、座卓を叩いてこちらを睨む加代さん。

 もふりと生えた九つの尾っぽは、怒髪の代わりに天に向かっている。


 これは相当に怒っていらっしゃるな。

 まぁ、見たまんまではあるが。


 どうしようかねこれ。

 俺、これから会社に行かなくちゃならないんだけれど。


「だいたいお主はわらわに対して誠意というものがなさすぎる!! もうちょっと、同居人としての誠意というものを見せるべきなのじゃ!!」


「いや、昨日見せたばっかりじゃないかよ」


「でも高級クラブでオネーちゃんと遊んでたのじゃ?」


 それは確かに遊んでましたよ、社長のポケットマネーで。


 女の子の太ももすりすりしたり。

 肩をこつんこつんしたり。

 デザートを口にあーんしてもらったり。


 そういうのはしましたともさ。


 お付き合いだから。

 そういうことして親睦を深めるお付き合いだから。


 自分の男として恥ずかしいところをさらけ出して、お互いに信頼し合う。

 そういう社会人男性にとって大切なプロセスな訳。

 そこんところを分かって加代ちゃん。


 男には男のね距離の縮め方みたいなのがある訳なんですよ。


「のじゃ!! とりあえず、そのお店をわらわに教えるのじゃ!!」


「なんでだよ」


「タマモクラブとは片腹痛い店名なのじゃ。わらわの母の名前を語るとはいい根性――その血を継ぐわらわが、本当のタマモの力を見せてくれるのじゃ!!」


「やめろぉっ!! お前なんかが目にモノ見せられる世界じゃないんだよ!!」


 あそこはなぁ、結構胸のグレードが高めなクラブなんだよ。

 お前の貧乳じゃ返り討ちに合うのが目に見えているんだよ。


 加代、無理するんじゃない。

 お前にはお前のよいところがあるんだから。


 というか単純に勘弁してください。

 後ろにどういう人たちが付いているのか分かったものではありませんので。


 ふと、その時だ。

 素朴な疑問が俺の頭の中に浮かんだ。


「そういや、お前、昨日タクシーで行ってるじゃないか、タマモクラブ」


「のじゃ?」


「昨日、アケボノ荘を見に行ったあと、すぐに客捕まえただろ。あれ、タマモクラブのキャストだぜ。そのままクラブに行ったんじゃないのか?」


「のじゃぁ、お客さんのことなんていちいち覚えてないのじゃ」


 いやいやいやいや。

 昨日の夜のことじゃないですかよ。


 しかもお前そんな言うほど、タクシー運転手の仕事しっかりとやってないだろう。


 はてさてどうだったかのう、という感じに顔を傾げる加代。

 しばらくそうして考えていた彼女は、ポンと手を叩いてそうであったと呟いた。


「あのお客さんは、高級寿司店で降りたのじゃ」


「あぁ、なんだ同伴出勤か」


 じゃぁ、相手は白戸かね。

 人様が副社長のお嬢さんと一緒に会食しているっていうのに、呑気なもんだなアイツも。というか、そこまで夜の蝶に入れ込むかね、普通。


「のじゃ、ナイスミドルなおじさまと、一緒にお店に入って行ったのじゃ」


「――なに?」


「そうじゃ。確か、どこかで見たことある顔であったのう。いつじゃったかのう、割と最近の気がするのじゃが……」


 なにやら不穏の影が見えて来た気がした。


 これはもしかして、ひょっとするとひょっとするのではないか。


「よし、お前、今日は会社の清掃員のバイトとして会社に潜り込め。それで、誰だったかを思い出してこい」


「のじゃ!? いきなりそんな無茶言うでない!! 一度クビになったところに、もう一度入りなおすなんて、結構これで難しいんじゃぞ!!」


 頼りにしてるぞ、加代、と、肩を叩いて俺は味噌汁を飲み干した。

 そうしてタマモクラブのことをあやふやにして、俺はさっさと出勤したのだった。


「のじゃ!! 桜よ、まだ話派は終わっておら……」


 さて。


「なんだか、少しだけ真相に近づいて来たような気がするぞ」

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