第217話 いけないよお嬢さんなんてクソキザ野郎で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 陸奥副社長の娘、葵に思いがけず言い寄られる桜。


 世の中には、パチンカスのワーカーホリック気味、クソ陰険野郎にときめくような、変わった女性もいるものなのか。


 絶対にこんなのと一緒になっても不幸になるだけだぞ。

 と、作者としては言わせてもらいたいところだが、乙女心は止まらない。


 そして、ぐいぐいと迫られれば、恋愛経験の乏しい桜は手も足も出ない。

 どうするどうなる、でていけあんたは九尾さん。


 このまま加代ちゃん、まさかのヒロインまでクビになってしまうのか。


「のじゃぁっ!! そうはさせないのじゃ!! この作品のヒロイン、タイトル的にも、内容的にも、わらわなのじゃ!! というか、二百話近く連載しておいて、ヒロインん交代とかあり得ないのじゃ!!」


 まったくです。

 と意気込む加代ちゃんはよそに、葵は桜の胸にその身体を預けるのだった。


「の、のじゃぁああああっ!! 桜、待つのじゃ、はやまるでない!! 若い娘にかどわかされるでないのじゃ!!」


 まぁ、三千年生きた駄女狐からしたら、みんな若いでしょうな。


◇ ◇ ◇ ◇


 彼女は明らかに、祖父――陸奥副社長の面影を恋人に求めているように思えた。


 身近な男性が彼だけだったからかもしれない。


 なんだったかで聞いた。

 娘というのはまず父に恋をするのだと。

 息子は母だとも言っていたような気がする。


 そうして彼らは、そんなイメージを漠然と追い続け、そして、その面影を感じる人間と恋に落ちる――のだそうな。


 もちろんそれは、一部の人間を切り出して語っただけの話に過ぎず、また、出典も定かではない、正しいかどうか判別する術などない世間話だ。


 ただ、間違いなく。

 目の前の彼女については、それが当てはまっているように見えた。


 仕事を第一とし、第二に家庭を置く。

 そうして不器用ながらも、両方を愛そうとした男。

 それと、同じ匂いのする人間を彼女は探していた。


 こと最近のご時世は、仕事なんかよりもプライベートを優先することが多い。

 友人関係、家族関係、あるいは趣味の世界。


 それを充実させるためのツールとして、仕事をする人間が大半ではないだろうか。


 そんな中で、そのような人間を探すというのは、ある種難しいように思う。

 自分がそうだとは――まぁ、ワーカーホリック気味かなとはちょっぴりと疑ってはいたが――思ってもみなかった。


 どうやら俺は、葵ちゃんにすれば恋するには十分な仕事人間だったのだろう。


 うぅん。

 なんだか、これは、どう言ったらいいか。


「照れ、ますなぁ」


「――はい?」


 なんというか、ちょっと幻滅されるようなことを、俺は口走っていた。


 別にそうしようと思って言ったわけではない。

 思わず口を吐いていたのだ。


「いや、一回りも歳の離れている女性に言われて、頼りにされるというのも、なんというか。自分は大した人間ではないので、舞い上がりそうな気分になりましたよ」


「――ふふっ。本当、不器用なんですね」


「それについては、ちょっとした自信がありますからね。というか、でなきゃ陸奥副社長の下に流れてきていません。もっと、上手く立ち回っていますよ」


「お爺さまも、今でこそあのような重役についておられますが、昔は大変だったと聞きます。仕事に妥協をしない性格が災いして、三国さんが拾ってくださるまで、ろくに仕事をさせてもらえなかったと聞きました」


「そうなんですか」


「だから、お爺さまは、何があっても三国さんへの恩義は忘れない、と、いつも公言しておられます。もう、何十年も前の話だというのに」


 そう言えば、ゴルフでも三国社長は陸奥副社長のことを特に警戒していなかった。

 彼らの間にどういう深い絆があるのかは知らないが、その相互関係は、どうやら強固なものに間違いなさそうだ。


 やれやれ、それが分かっただけでも、今日の会席に参加した価値はあったかな。


 さて――。


「のじゃ!! 桜よ、何をしておるのじゃ。女の子に抱き着いて!!」


「抱き着かれてるんだよ。黙ってみてろ、駄女狐」


 木の陰から突き刺すような視線が飛んでくる。

 それを背中で受け止めて、背中で返事をする。


 黙って見てろと背中で語り、俺はぐいと胸の中の少女を力をこめて引き離した。


 えっ、と、葵さんが驚いた顔をする。


「葵お嬢さん、いけないよ」


「桜さん?」


「人に誰かの面影を求めるのは間違っている。恋っていうのは、手に入らない何かに対する代償行為じゃない。自ら欲しようと欲すまいと、自然と落ちるものなのさ」


「――あ、あの、けど」


「君が陸奥さんの面影を俺に追う限り、俺は、君の気持に応える気持ちにはなれない。そして、君の想う人がたとえ変わったとしても、それは同じさ」


 恋する相手をちゃんと見ずして、恋愛なんてできるわけがないのだ。


 なぁ、後ろで見ている九尾さんよ。


 俺はお前みたいなずぼらで要領悪くて、何かにつけてあぶりゃーげあぶりゃーげと煩い女なんて嫌いだと思っていたさ。


 けれど、お前と向き合って、しっかりと対峙していくうちに。


 なんというか腹は括れた。


 恋愛ってのはそういうもんじゃないのかい。

 同意なんていらないが、少なくとも俺はそう思っている。


「君の気持には応えられないし、言い忘れていたけれど、俺には想い人がいる」


「そんな!? では、騙していたんですか!!」


「お爺さまもそれは折込み済みさ。それでも俺と君を引き合わせた。それで、俺の気持が揺らぐならそれも由と思ったんだろうが――」


 残念ながら、俺は今の同居人が、大嫌いだけれど、恋しているのだ。


 愛しているのだ。


「もう一度言うよ。葵ちゃん。恋人に、誰かの面影を求めるのはやめなさい」


 目の前に居るかけがえのない誰かをちゃんと見ずして、恋なんてできないさ。

 と、恋愛経験の少ない俺が言ったところで、説得力は微妙かもしれないけれどね。

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