第215話 恋のライバル出現!? で、あわわ九尾なのじゃ

 お見合いの醍醐味のひとつと言えば、これ。


「では、あとは若いお二人で」


 と、仲人役の二人が中座する奴である。

 とはいっても今回のこれは副社長と、その孫娘との会食である。

 正式なお見合いという訳ではない。


 そんなシーンは訪れないだろう、と、てっきり油断していたのだが――。


 じりりん、じりりん、と、古めかしい黒電話の着信音が鳴る。

 なんじゃこりゃ、どうなってるんだ。

 驚いて辺りを俺が見回すより早く、副社長が胸ポケットに手を突っ込んで、中からスマートフォンを取り出した。


 おう、やるな爺さん。

 スマホ使っておきながら、着信音を黒電話にするこだわりよう。

 昔気質という感じがして俺は好きだぜ。


 って、そうい話ではない。


 これはまさか、と、ちょっと嫌な汗が背中を走った。


「なに? 第一営業部で問題が発生した? 宮野の奴はどうした? 国内出張中? 指揮を執れる奴がいないだと――仕方ねえなぁ!!」


 ぶちり、と、電話を切った陸奥副社長。

 好々爺の顔から一転して、そこには仕事人、ナガト建設副社長の顔が現れていた。


「すまんが会社に大事があったみたいだ。すぐに行かねばならん」


「副社長、だったら、俺も」


「お前は平社員だろうが。行って何ができるってんだ、馬鹿野郎」


 いや、ここに残されても、なにができるって言うんでしょうか。

 まずいぞ、これは、まずい展開だぞ。


 俺が今後の展開を考えるより早く、それは副社長の口から、直接切り出された。


「葵、せっかく抑えた座敷だ、桜くんをしっかりおもてなししろ。それと桜くん、悪いが、葵の奴の面倒をみてやってくれ」


「――無茶苦茶です、副社長!! ちょっと待ってください!!」


「待てない!! ワシはナガト建設の副社長だ!! どんな時でも、会社の大事とあらばすぐに駆け付ける!! それがワシの務めだ!!」


 うぅん、仕事人らしい、立派な受け答えである。

 世に、このような経営者が多く居たら、この日本という国は、ここまで落ちぶれることもなかったのではないだろうか。


 行き過ぎた仕事主義というのはどうかというのもある。

 だが、とりあえず、責任を取るために体を張る。


 この爺さんの姿勢には素直に敬意を表したい。


 しかし、そんな爺さんのカッコいい見栄はさておいて。


 どうするんだよ、これ。

 俺と葵ちゃん二人、この料亭に残されて、いったい何をしろというのだろうか。


 見ず知らず、ちょっと趣味が合いますね程度の二人が、膝突き合わせて話し合う。

 これでは本当の見合いではないか。


 いや、まぁ、確かに、副社長は乗り気だったけれども。


「のじゃぁ!! 流石にそれはまずいのじゃ!! 加代さん、流石に、これは見過ごせない、乱入させていただく――」


「加代さん、陸奥さんがお帰りなんですよ。ちゃんとご案内して差し上げないと」


「のじゃぁ!! 女将さん!? それはそうだけど、ちょっと、この場限りは――」


「ダメです。ささっ、陸奥さんこちらへ。すでにタクシーの手配はいたしました」


 運悪く、通りがかった女将が加代さえも、一緒に連れて行ってしまう。


 まずいまずいまずい。

 これはまずい。


 何がまずいって、女学生と二人きりで、料亭の部屋の中というのがまずい。


 俺、桜くん、三十歳独身。

 相手、葵ちゃん。おそらく二十歳ちょっと。

 もちろん女学生だから独身。


 完全に、「どうぞ、あとはお若いお二人で」タイム、突入じゃないか。


 聞いてないぞ、こんなチャンスタイム。

 どこでレアフラグ引いたんだ。

 それとも、周期で来るタイプのあれなのか。


 俺のモテ周期が入って、チャンスゾーンなのか。


 あわわわ、あわわわわ。


 落ち着け桜よ、落ち着くんだ。

 何も慌てることはない。


 なぁに、ちょっと若い女の子と、お話して帰るだけのことじゃないか。

 高級クラブで遊んでる時のことを思い出したまえよ。君、これくらいのことで狼狽えるほど、女性経験がない訳じゃ――。


「あの、桜さん!!」


「は、はひっ!!」


 いきなり、葵ちゃんが大きな声をあげたものだから、ちょっとばかり声がひっくり返ってしまった。


 仕方ない。

 だって、そんな声をあげるような娘だなんて、思っても見なかったのだから。


 そして思いがけず露わになる、俺の女耐性の低さ。


 ちくしょう、商売女なら、幾らでも経験はある。

 けれども、こういうのは初めてだ。


 いったいどうしていいのかさっぱりと分からん。

 どうすればいいんだ、と、目が回りそうな気分の中、目の前の葵ちゃんは、副社長をどこか感じさせる、意志の強い感じの表情で口を開いたのだった。


「あの、よければ、これからお庭の方をお散歩しませんか」


 はい、喜んで。


 もう何が何だか、俺にもさっぱり分からなかった。


 助けて加代ちゃん。

 さんざん今までお前の事馬鹿にしてきたけど、俺もたいがいポンコツみたいなの。


 ヘルプミー。

 バックトゥー、加代ちゃん。

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