サラリーマン桜!!編

第178話 内定とれ太で九尾なのじゃ

 もうなんというか、仕事選ぶってレベルじゃねーぞ。


 加代にコンサルしてもらったり、励ましてもらったり、がんばれがんばれしてみた俺であったが、あいもかわらずさっぱりと就職先は見つからない。

 そのくせ、なぞの人脈はできるもので、ライオンディレクターとのつながりはもちろんのこと、加代の主なバイト先であるスーパーのスタッフに顔を覚えられたり、過去に入ったバイト先から助っ人に来てくれないかと頼まれたりと、そういうのだけは多くなった。


 まぁ、人間的には成長したのだ、この時間も無駄ではなかった――。


「いや!! 無駄だよ!! 浜辺で潮干狩りして小遣い稼ぎって、ワシは小学生か!!」


「のじゃ、小学生でも最近は潮干狩りなんてしないのじゃ」


「まともに福利厚生があるような会社に就職したいんだよ!! 俺は、バイトじゃなくって!!」


「贅沢じゃのう。働けるだけでよいではないか」


 よくないよお前。

 不況を抜けた抜けたとおめでたうるさい昨今だけれど、俺たちの老後は明るくないのには変わらない。出生率は年々下降線をたどり、いったい誰が数十年後の老人を支えるのだ、台頭してくるアジア諸国に対して相対的な日本の価値がうんたらと、将来に対する不安は尽きないのだ。


 せめて、せめて派遣でもいいから、雇用保険のある会社に勤めたい――。


「おらおら!! 手が止まってるぞ、中島ァっ!! もっと手を動かせや!!」


「中島じゃないですけどぉ!?」


 そんなことを思いながら、俺は今日もふとしたことで知り合ったブリさんのところで、潮干狩りのアルバイトにいそしんでいるのだった。

 体力的にはきついが、まぁ、船に乗って沖に出るよりは、溺れる心配がないから気は楽である。炎天下ということで暑いのだけは難点だったが。


「いいから早く潮干狩り終わらせて野球しようぜ!!」


「なんで!?」


「のじゃぁ。むしろ、野球に誘うのはこっちの方なのじゃ。磯野、野球しようぜはあっても、中島、野球しようぜは違うのじゃ」


「お前もなに普通にコメントしてんだよ。しないよ野球。というか、迷惑かかるだろそれ言ったら――」


 ついでにいうと、ブリさんの性格が暑苦しいのも難点ではあった。

 ちょいちょい危ないネタをぶっこんで来ないでほしい。

 ここ最近はただでさえ、ネタ切れをパロディで誤魔化してる感があるというのに――、いや、なんだネタ切れって。寿司のネタなら今とっとるところやっちゅうねん。


「俺もな、今度生まれてくる子供のために、いろいろと頑張らなくちゃいけねえんだよ。だから中島を雇ったりして、事業拡大をだな」


「だから中島じゃないって言ってるでしょ。そんでまたそういう危ないネタを」


「のじゃのじゃ、明太子なのじゃ、それとも、キャビアなのじゃ」


「お前もだからそういうの、普通に合わせなくっていいんだよ」


「――名前はもう決めてるんだ、ハナザワってな」


「漫才師かよ!!」


 磯野花沢。ルミ○で前座やってそうなコンビ名みたいなのはよしたげなさいよ。

 きらきらネーム以前の問題だっての。


 いやぁ、ゼー○の頃からのファンでさ、と、不穏な発言をしようとするブリさんを無視して俺は沖の方に目を向けた。


 海は広いな大きいな。

 人の心なんてものは、この大海の前にはちっぽけなものである。

 半年前には、この海の向こうを旅していたなんて――今思うと妙な感じである。


 ふと、そんな感慨にふけっている俺の眼の先に、地面にうずくまっている人影が見えた。俺たちと同じように潮干狩りにでも来たのだろうか。

 いや待て、それにしてはどうも様子が変だ。

 彼の居るところは砂浜ではなく岩場であるし、そもそも、その服装はライフジャケットに釣り具を抱えてと、潮干狩りの格好ではない。


 そして、さきほどからぴくりとも動かないのが妙に気になる。

 すぐに俺の視線を追うように、ブリさん、加代の視線がそちらへと向く。


「のじゃ? あれは何をやっておるのじゃ?」


「あの辺りの岩場にはでかいのがいるからな。それを取ってるのかも」


「でかいの?」


「シャコ貝だよ。ほれ、あれだ、ヴィーナスが出てくる奴」


 なんでいきなり知的なたとえが出てくる。

 海の男の博識さにちょっと驚きながらも、そんな岩場に転がっている男がますますと妙に感じられる。

 ぬぐいされない不信感。


「のじゃ!? どこ行くつもりなのじゃ、桜よ!!」


「いや、なんか気になってさ――」


 思わず、俺は彼の方へと歩き出したのだった。ならわらわも行くのじゃと、貝の詰まったバケツを手に加代が後ろに続く。

 やれやれしょうがないなとブリさんまでついてきたのは予想外だったが、まぁそれはいい。


 近づくにつれて、頭の中の違和感が具体的な形を帯びていく。

 岩に胸を預けてどうやら、その男は気を失っているらしかった。見た目的な年齢に反して立派な巨漢。たっぷりと蓄えられた髭とまぶしいくらいの白髪。

 どこぞのやり手企業の社長さんか会長さんかという感じだ。


 それがどうしてこんなところに。

 しかも、気を失って。


「もうそろそろ潮が戻ってくるころだ。あれ、気を失ってるなら、まずいかもしれないぞ」


「ちょっと急ぐか。加代、救急九尾コプターを出すんだ」


「そんなもん出ないのじゃ!! わらわは狸でも猫でもないのじゃ!!」


 冗談、それよりこれを持っていてくれ、と、潮干狩りの道具を預ける。同様に、加代に道具を預けたブリさんと、俺はその岩場へと急いだのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 結果から言うと、岩場の彼は釣り人だったら。

 潮が引き始める朝方、姿を現したその岩場に船で渡って釣りをしていたのだが、どうしてその日は体調を崩して、その場で寝込んでしまったのだという。

 実際、俺たちがかけつけるまで意識を失っていた。


 しかし、岩場の隙間へと自然におろされたその手は、ぶっそうなことにシャコ貝が挟まれていた。

 すぐに貝漁の達人であるブリさんが、それを解体して彼の身を自由にしたが、もしこのまま満潮にでもなっていたら、彼はおぼれ死ぬところだっただろう。


「いやぁ、貴方は命の恩人です!!」


「――恩人だなんて、そんな。助けたのはブリさんだし」


「浜を汚されるのは我慢ならねえからな。当然のことをしたまでだぜ」


「しかし、貴方たちが気が付いてくれなければ、私はこのままこの浜辺でいたかもしれない」


 不穏な言葉にひやりと俺の背筋を汗が流れる。


 同じ思いだったのか、ブリさんとも目が合った。

 これはどうやら、なにか訳ありの様子である。


 白髪の老人は俺とブリさんを交互に見ると、自由になった手で頬の汗をぬぐった。

 その表情が憂いに染まる。何かに悩んでいることは間違いなかった。


「――こうして私の命を助けてくださったのも何かの縁です。すこし、込み入った話になるのですが、力を貸してくれませんでしょうか」


「力って言われても」


「俺はただの漁師だし。こっちはただの中島だぜ」


「だから、中島じゃないって言ってるだろ」


 磯野ぉ、どうして間違えるんだよぉ。

 そもそも苗字に中も島もついないじゃないかぁ。勘弁してくれよぉ。


 と、そんなとんちんかんなやり取りに、はっと白髪の爺さんの眼が見開く。


「中島!! まさかあの有名な暴走族八○連合の元ヘッド!!」


「そりゃ矢島だよ!!」


 まさかりも担いでないし、バイクにも乗ってないのに間違えるなよ。

 アルバイターをなめんじゃねえ、って、チャンス予告みたいな感じで怒鳴るぞこら。


「のじゃのじゃ、そうなのじゃ。そいつはそんな男じゃないのじゃ」


「加代」


「――そう彼こそは!! 鈍感勘違い男委員長にしてアイドルグループのリーダー、甲子園初出場初優勝の立役者にして現役プロ野球選手という、本能生存態なる主人公中の主人公!!」


「児島だよ!! アン○ャッシュのコントかよ!!」


 ほかの作品の主人公ひっぱりだしてくるな。

 というか、せっかく綺麗にすっぱり終わったところだろう。


 なんの話か分からないって。


「死なないの!? 八甲田さんだよ!!」


 せっかく綺麗に終わったんだから、蒸し返すのよしとけ。

 というか、読者層かぶってるかどうかも分からないのにこういうネタするかね――。


 あ、完結したので、よかったら読んでくだちい。


 ――何を言っとるのだ俺は。

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