第176話 武士沢ほにゃらら九尾なのじゃ

 世界は俺たちが動かしている。

 山田なんちゃらが数年前に缶コーヒーの宣伝をやっていたがあれは格好良かった。折しも、彼の代表作の一つである勇者なにがしシリーズも始まり絶好調の時期だ。


 いやはや、彼にならって無精ひげを生やしていた時期が懐かしい。

 どんな仕事でも一生懸命やれば、それは素晴らしいことじゃないか。


 とまぁ、なんでこんなことを申しておるかと言いますと――。


「あんちゃん、なにやってんだ!! 対向車来てるだろうが、目ついてんのか!!」


「すみません!!」


 今まさしく、俺は工事現場の誘導員のアルバイトをしていたからだ。

 いやぁ、ゆるくねえべ、シゲちゃん。


「のじゃのじゃ!! 桜よ、しゃんとするのじゃ!! 夜のお仕事だからって、気を抜いたらダメなのじゃ!!」


「――いや、気を抜いた覚えはないっての。というか、加代さん厳しいね」


「あたりまえなのじゃ!! 交通整理のお仕事は、わらわのお得意のアルバイト先!! 下手なことして悪評立ったら、お仕事もらえなくなるのじゃ!! 大変なのじゃ!!」


 今までさんざん下手なことして、クビになってるところを見てきている訳ですが。

 まぁ、世間は広いからな。交通整理といっても、いろいろな会社がきっとあって、ひとつくらいクビを切られたくらいで、どうなるものでもないんだろう。


 それはさておき。


「器用なもんだな、尻尾全部使って、次々に誘導していく」


「知らねえのかい。あのお嬢ちゃんはな赤色灯を使わせたら、日本一とまで言われている誘導の達人なんだぜ」


「へぇ」


 知らなかった。あんな奴でも、重宝される、そしてありがたがれる、そんな世界があるなんて。

 まぁ、人間の手に加えて、九つも自由に動かせる部分があるのだものな。そりゃ器用になんでもできるもんだわ。


「さらに、アイドルのライブ会場では、一人オタ芸マシーンの異名を欲しいままにしている」


「いきなり話飛びましたね」


「バブルの絶頂期には、お立ち台でも振り回していたらしい。さながらその姿は夜の蝶っていう奴だ」


「おもっくそ間抜けな姿しか想像できないのは気のせいでしょうか」


「ついたあだ名がヘルメット加代ちゃん」


「どこから出てきたヘルメット!? というか、ここで強引に元ネタ回収するのね!?」


 褒められてか、それともスイッチが入ったのか、のじゃのじゃのじゃと奇声を上げながら、尻尾と手の誘導灯を振り回す加代。

 もうなんというか、彼女一人で事足りるのではないだろうか。


「ほれ、ぼさっとしてる暇はないべ、俺らも、加代ちゃんに負けないように誘導するべさ」


「――はい」


 今回ばかりは俺から加代に、文句をつけるところは何もない。やれやれ、どんな人間にも一つくらいは取り柄があるもの。九尾だって、人員誘導くらいの特技はあってもいいのかもしれないな――。


 しかし、夜中に尻尾と共にはためく赤い光。

 遠くで見たらさぞホラーな光景だろう。


 ――ううむ。


「あと、加代ちゃんがいると、こっち来る車が少ないんだよね。どうしてか」


「――それは実際に車に乗って、彼女の姿を見ればわかると思いますよ」


 真夏の夜のホラーである。

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