第150話 将来の夢で九尾なのじゃ

 せっかくの長期休暇である。この無駄に余裕ある時間を有効利用して、せっかくなので家にあるものを整理しようと、俺は朝から部屋の片づけにいそしんでいた。


「のじゃのじゃ、ただいまなのじゃ――って、桜が起きとる!?」


「なんだお前、まるで人が昼まで寝てるのがふつうみたいな言い方しやがって」


「実際そうだったのじゃ。なんじゃ、やっと心を入れ替えて、普通の時間に起きて働く気になったのか?」


 違うよ。

 お前に見られると困る様な書籍とかいろいろ、処分してたんだよ。


 いきなり家に転がり込んでくるものだから、処分する暇もなくって押し入れに突っ込んでいたのだ。お前がバイトで家を空けている時を狙って、いつか処分しようと思っていたのだが――ようやくそれが今日かなった。


 いやはやしかし、若いながらによくためこんだものだと思う。

 就職してからのものだから歴史を感じるね。思わず、捨てるのもためらってしまった。コンビニのムック本一つに何をというものだが、そんなお手軽なものでも、何度も何度もお世話になれば愛着の一つも湧くというもの。


 ほんと、そんな思い出の一品と言っていいものを、捨てても良かったのかね。

 いやけどやっぱり加代の奴が居るしな。


 こいつ狐妖怪で野性味溢れている割には、そういう所潔癖だから――。


「のじゃ? なんじゃこの本?」


 コートをクローゼットに仕舞おうとしていた加代が、ふと、そんなことを口走った。まさしく、思い出の品を段ボールに詰めて保管していたそこ。

 まさか処分し忘れがあったかと、ぞっと背筋を冷たいものがなぞった。


 が、加代の奴が手にして、引き出しから取り出したのは――青緑をした大判の本。


「あぁ、それか――」


「のじゃ、なんなのじゃこれ」


 大量の思い出グラビアの中に紛れこんでいた思い出文集。それは、俺が中学生の頃に、いやいやと作らされた卒業文集であった。

 丁寧な装丁がされているが、中身は別段たいしたものではない。未来の文豪も、大企業家もまだだれも寄稿していない、ありふれたものである。

 そして、言うほどの思い出もとくにはない。


 いや、本当は青春の一ページを切り出した貴重な品である。総天然色のムック本の中に混ぜるなんてとんでもない、と、良識のある人は言うだろう。自分だって、まさかそんなのと一緒にして、しまっているとはおもっていなかったのだ。

 きっと引っ越すときのどさくさに紛れて、一緒になってそのままだったのだろう。


「のじゃ、中学の卒業文集なのじゃ。ほほう、すると紺の中には、桜の中学生時代の若い思い出が書かれておる訳じゃな」


「ねえよ、デタラメ並べてさっさか終わらしたからな、大したことは――」


 どれどれ、と、ないと俺が言うのに文集をお漁り始める加代。


「将来の夢は、ほうほう、獣医さんになりたい、とか書いておるのう」


「でたらめだなぁ、一度だってそんなのなりたいと思ったことないぞ」


「まぁ、ある意味ではわらわの世話をしておる訳だから、その願いはかなったと言ってよいのかもしれぬな」


 嘘からでたなんとやら。

 そんなことを迂闊に書くから、こんな事態に陥ったのか。


 嘘でも獣医なんて書くんじゃなかったな、と、後悔が押し寄せてくる。そんな俺をあざ笑うように、加代は文集を片手に俺の横に立つのだった。


「ほれほれ、ここを見て見い。書いてあるぞえ。多くの犬や猫、動物を自分の手で助けてやりたいと。幸せにしてやりたいと」


「犬猫の中に狐は含まれねえよ」


「のじゃ、そんな照れなくてもいいのじゃ」


「どうせその当時の好きな女の子か何かの気を引くために、適当にそれっぽいこと書いてたんだろ。結果、このザマなんだからな、あぁやだやだ、現実って残酷」


 のじゃ、そんなことないのじゃ。

 ここにちゃんと幸せな獣がおるのじゃ、と、なぜか誇らしい顔をして言う加代。


 獣でええんかい、と、俺はその自慢げな鼻頭を、おもいっき指で弾いたのだった。


「のじゃぁっ!! なにするのじゃ!! せっかくわらわがフォローしてやったのに!!」


「うっさい、いらんお世話じゃ――」

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