第35話 モンスターの襲来
いつもと変わらぬ朝、いつもと変わらぬように野上康介は目覚め、二段ベッドの下に寝ている同僚であり親友のケンタットを起す。
「おい、起きろ! 起きろケンタット!」
「ブファァッ! 朝かぁ。いい女といい雰囲気になって、これからベットインって所だったのに、お前のせいで女の顔がコウになっちまって、最悪の目覚めになっちまった」
「もたもたしてるお前が悪い、さっさと押し倒せ」
「そんなだからお前はモテないんだよ」
ケンタットは、俺がこの世界に迷い込んでからの友人で、子供の頃はガキ大将だった。
いつだったか喧嘩して、それからのダチだ。
あの時はギリギリ勝ったが、育ちも育って2mを超える大男になっちまった。
奴は猟師となり、そして俺も猟師になった。
猟は単独で行なうこともあるが、大抵は2人でつるんで狩りをしていた。
この世界には動物以上の恐ろしいモンスターだって居るのだ、力を併せなければ生きて居られなかった事もあった。
奴は困難な状況に陥っても、一人で逃げず俺を助けたし、俺も助けた。
だから俺は奴を他の友人とは区別して、親友と呼ぶようにしている。
朝食は分厚く切ったベーコンと煮た芋と卵を食う。
酪農は体力を使うんだ、これくらい食ってないと昼まで持たない。
俺も食う方だが奴の食欲は底なしで、更に追加でベーコンを焼いて食っていた。
「そろそろ食うの辞めて働かないか」
「まぁ待て」
奴は芋とベーコンをかき込むと、ゲップをして「ごちそうさま」の代わりとした。
「親父とお袋によろしくと言っといてくれ」
「あいよ、でもこんなに近くに居るんだ。もっと顔を出せって親父殿は言ってたぜ」
「ああ、週末には顔をだすさ」
今日は仔牛にミルクを飲ませるため、親父の牧場へ連れて行くのだ。
まだ俺しか日本語を解する人間は居ないため、牧場を離れるわけにはいかなかった。
弟のマークスは良い所まで日本語を覚えていたが、訳あって奴はいま街の商会で働いている。
「さぁて、ケンタットが帰ってくるまでに荷作りを済ませるか」
空には黒い穴から垂れる細い糸。
それを数回引っ張って合図を送るとスルスルと空に登っていき、かわりにコンテナが降りてくる。
荷車にそれを載せ、コンテナが空になったらワイヤーを数回引いて合図する。
これを3往復して荷物を受け取ると、ロープで荷車に固定する。
荷の量こそ違え、ほぼ毎日やっている作業だ。
だが、その日は違った。
家のある方からコボルトが現れたのだ。
コボルトは、わかりやすく言えば二足歩行する犬だ。
背も低く知能も低いが、前足で武器を使うくらいは出来る。
言葉を発する声帯を持ち合わせては居ないが、鳴き声で仲間と会話らしきものはしているようだ。
モンスターの中では最弱の部類で、一匹なら素手でもひねり殺す自信がある。
一匹ならな…
奴らはその弱さを理解していると見えて、常に群れで行動する、少なくとも数匹、多ければ十数匹で。
最初に3匹を見た時は、応戦するつもりだった。
しかし、森から更に3匹出てきた時、それは無理だと悟った。
よりにもよって、猟師の最大の武器である、弓を俺は持ってきて居なかったからだ。
しかも、奴らは家の方から出てきた、取りに戻ることは不可能だ。
実家に逃げるか? いや、これが全てのコボルトとは限らない、俺は役目を果たし登っていきつつあるコンテナにしがみついた。
正確にはコンテナの上部分のワイヤーにだ。
コボルト達は駆け寄り襲い掛かってきた。
奴らの手にした混棒は、コンテナの下部を殴りつけ、反動でコンテナと俺は後ろに下がった。
大きなブランコの様にブラブラと揺れながら、地上から5-6m登った所でコンテナが止まった。
もはや手持ち武器では届かないと思ったのだろう、奴らは拳ほどの石を投げてきた。
コンテナに当たったものは大きな音を立て、稀に俺にも当たった。
メリッと嫌な音が聞こえる。
側頭部に当たった石は、俺の意識を刈り取りに来ていた。
だが今意識を失えば、確実に落ちる。
引っかかりの少ないデザインのコンテナは、足で締め付ける様に踏ん張って居ないと、滑り落ちそうだからだ。
「ンガアァァァ!」
気合を入れ意識をしっかりと持つ、空からは異変を察知したのかタッパーが降りてくる。
未だブランコの様に揺れるコンテナから精一杯腕を伸ばし、風で流されそうなタッパーをキャッチする。
中の手紙は悪いが読む余裕はない、慎重に筆記用具を取り出すと要点だけを書いて紐を数回引いた。
紐が回収されると、コンテナは更に5mほど上昇した。
これて投石からは逃れた。
下を見るとコボルト達が獲物を逃したのが悔しいのか、牙を剥いて唸っている。
数も…12匹か、結構な大家族のようだ。
牧場に攻め込んで牛の肉を食うはずが、牛は居ない、代わりに人を食おうともしたがそれにも逃げられたってところか、ざぁまあ見ろだ。
まぁ、俺も人の不幸を喜べるほど安全な位置でも無いがな。
暫くして上から降りてきたタッパーには、ワイヤーに体を固定する安全帯が、紐には直接括り付けたバインダーと筆記用具が付いていた。
紙には詳しい情報を求む、と書いてあった。
俺はこの状況はなるべく詳しく書いて、返事を送った。
こうなっては、奈々子さんを信じるしか無い。
正直武器が欲しかったが、そう簡単に手に入る物でも無いだろう。
出来れば、何も知らず仔牛を連れてケンタットが帰ってくる前に、この状況を脱したい。
奴がもし帰ってきて、襲われる事になったら、俺はここから飛び降りてでも助けに行くつもりだ。
俺は、腰の後ろに固定してあるナイフを落としていないか、ハンドルを握って確認した。
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