第26話 商会の長い一日 その1

 今日という日は、僕マークス・マグダルにとって記念すべき日となる。

 それは、ケインマグダル商会の1号店の開設と、僕の社長就任の日だからである。


 僕には11歳年上の兄がいる。

 名をコウ・マグダルと言う。

 つい最近まで、兄と血が繋がっていない事を僕は知らなかった。

 兄に本当の名は、野上康介と言うと告げられた。

 しかし、それを知った今でも、僕の兄への気持ちは変わらない。


 兄は幼い頃、いつも子供たちの中心に居た。

 でも、ガキ大将的なイメージではない、それはリーダーとか頼れる友人としてだ。


 兄はいつも新しい遊びを街の子供たちに教え、流行らせていった。

 ボロ切れを麻のロープで縛って作ったボールを、足だけを使って相手ゴールに入れるサッカ。

 固いだけで実も美味しくないゴアの実を、ボールにして木剣で打ち返すヤキュー。


 兄は逞しくガッチリとした体格で、力はあるのに暴力は嫌いだなんて言って喧嘩はしなかった。

 それどころか、いつも仲裁役を買って出て、本当に皆のお兄ちゃんだった。

 博識で温和で力も強い、僕の自慢の兄なのだ。


 そんな兄ではあるが欠点もあった。

 それは女性にはモテてなかった事、正確には同年代の女性にはだが。

 子供の頃は魔法が使えたり、力を誇示する男子の方がモテるものなのだ、もっぱら兄はそのお母さん達にモテていた。

 兄の魅力は、大人の女性にしか伝わらない燻し銀の魅力なのだと、その時僕は思ったね。 


 月日はたち、僕が18歳になったある日、兄から頼み事があると言われた。

 僕は嬉しかったね、自慢じゃないが母親似の僕には、元冒険者の母譲りで魔法の才能があり、それが役に立つのだと思っていたんだ。

 でも、実際は森の中に作られた炭焼き小屋からの、荷物運びだった。

 僕が兄に連れられて来た、森のなかの炭焼き小屋には、妙なものがあった。

 糸が空中から垂れて、その先は真っ黒な闇に吸い込まれていたのだ。

 最初は闇の精霊に、糸でも括り付けているのかと思った。

 だが、それは誤りで、あの穴の先は兄が生まれた世界に繋がっているのだと言われた。

 そして、穴の向こうからコッチの世界には無いものを送ってもらい、それを売ってお金を儲ける商売を始めたのだと。

 それを秘密にして協力してくれる、口の固い人間として、僕は兄に呼ばれたのだった。

 正直、少しがっかりしたさ。

 僕の評価は口の固い人間、それだけだったのかとね。


 それでも兄の役に立ちたかったから、引き受けることにした。

 暇な時は回りの木を切り倒し、炭を焼いたり柵を作ったり、荷物が来ればそれを、街のロックロズワード商会まで運んで帰る。

 それで1000ミリアムにもなる時すらある、ボロい商売だった。

 1000ミリアムと言えば金貨5枚だ、ほそぼそと暮せば5ヶ月、派手に生きても2ヶ月位は生きていける。

 また暫くして、扱う荷物が多くなってきた時に兄は言った。


「俺達だけでは荷量も然ることながら、儲けを聞きつけた奴に襲われた時やばい。腕っ節の立つ用心棒的な奴が要るな。

酒癖が悪くて秘密が守れない奴も論外として、やはりケンタットしか居ないか」

 

 ケンタットってのはめっぽう腕っ節が立つ、兄と同じ歳の親友の猟師で、口が固く酒も飲まない。

 どうも兄は自分を過小評価しすぎている気がする。

 そのケンタットが昔、自分より弱い奴には横柄だった所を兄がやり込めたのがキッカケで、仲良くなったと言うのに。


 そして、暫くして商売が軌道に乗ったので、僕らの父の名前を冠したケインマグダル商会を設立するに至ったのだ。

 暫くはとても順調に商売は行っていたのだが、僕は街でうちの商品に高い関税を掛ける噂を聞いてしまう。

 それはまだ発足したてのケインマグダル商会にとって、致命傷になりかねない出来事だった。

 僕は次の日、街中で情報を集め、教会がそのバックに居ることを突き止めた。

 そして、教会を説得し関税を掛けないように要請する交渉をしたのだ。

 

 その功績あってか、兄は商会の1号店と商会の代表を十分に任せられると、僕に社長を任せると言ってくれたのだった。

 それからは急ピッチで倉庫と店舗を借りれる場所を探し、準備を進めて行った。

 今日からは、僕の部下になる人もやって来る。

 

 シスター・アンシェ。

 彼女は教会から派遣されたスパイでもある。

 そして昔、事もあろうか兄に、告白した事がある女子でもある。

 彼女は本質を見抜く、鋭い目を持っているのかもしれない。

 気を付けねば、異世界へと続く穴と兄に近寄らせないこと、これが今僕に与えられた命題なのだ。


「こんにちは~、教会から来ましたアンジェと申します。これからこちらでお厄介になりますが、よろしくお願いします~」


 ちょっと鼻に掛かった気の抜けた声。

 これが教会一の才女?

 振り返った僕の前には、予想よりもずっと若い、おそらくは僕と同じくらいの歳の少女が立っていた。

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