デパ地下の白雪姫

Mikey

プロローグ -1

 大学生活は人生の夏休み。


 そんなこと、いったい誰が言ったんだろう。

 日本の大学は入ったあとが楽で四年間ヒマらしい。だから学生のうちに遊んでおけ、という意味なんだとは思う。

 僕も入学前はこの言葉を信じて、それなりに期待していた。

 もしかしたら運命の出会いとかが待っていたりして……

 なんて。

 そんな風に期待していたのだけど。


 僕は出会ってしまった。

 戦いの女神に。

 そして気づいてしまった。

 大学生活は人生の夏休みなんかじゃない。

 戦いの日々の始まりなんだ、ってことに。


 そして。

 それは、ある意味運命の出会いだったのかもしれない——


***


 黒上有紀乃くろがみ ゆきの先輩は、飲み会に遅れてやってきた。


 その飲み会は、誘ってくれた先生曰く『新入生歓迎会』という話だった。けれど、駅前の居酒屋に集まったメンバーの中で新入生らしき学生は僕だけのようだ。顔見知りの学生どころか誘った張本人の先生さえいない。代わりに、どう見ても新入生には見えない少しくたびれた感じの男子学生が貸切りの座敷の中に溢れていた。残念ながら女子はほとんどいない。聞こえてくる話によると、他の学生は先生のおごりという言葉につられて集まったらしい。

 始まりの音頭も歓迎の挨拶もなく、とりあえず頼まれたビールが届いたのを合図に、なし崩し的に会は始まった。

 先輩たちの会話は僕がまだ聞いたことのない専門用語らしき単語ばかりでとてもついていけそうになく、僕はガヤガヤとした特有の空気の中で、一人孤独に酒……の代わりにウーロン茶をあおっていた。

 しばらくして、ふと廊下に響く足音に耳を傾けたそのとき。


 すたんっ、と景気良く座敷のふすまが開くのと同時にどよめきが起こった。


 現れたのは今まで見たことのないほどキレイな人だった。切れ長の目と白い肌の整った顔も目を引くけれど、それよりも腰のあたりまでまっすぐ伸びた今時珍しい真っ黒な髪に釘付けになった。背がすらりと高そうだとか、ゆったりした服を着ていてもスタイルが良さそうなのがわかるとか、少しは頭をよぎったものの、それよりなにより動くたびに揺れる髪が気になった。


「有紀乃ちゃん、遅かったじゃん!」


 見たところ最年長らしき人が有紀乃先輩を手招きする。その人の隣、入り口からすぐのテーブルに先輩は腰を下ろした。部屋中の視線をさらっていることに気づきながらも全く気にしていないようで、先輩は隣の人と親しげに冗談を交わしている。


「ごめんごめん! バイトがなかなか終わらなくって、遅くなっちゃった!」


 テーブルの上に置かれていた空のグラスにピッチャーのビールを手酌で注いで一気に飲み干すと、有紀乃先輩は楽しそうに笑った。ほんのり上気した顔が色っぽい。居酒屋の安っぽい照明を浴びて、艶々した髪がきらめいている。

 それを見て、僕の顔が酔ったみたいに赤くなるのを感じた。ただのウーロン茶しか飲んでいないのに。


「なぁなぁ、もしかして一年生?」


 突然、隣から声をかけられた。


「うわっ、は、はい!」


 驚いた僕は、危うくウーロン茶をぶちまけるところだった。

 今までずっと反対側の隣の人と話しこんでいて、僕には目もくれなかった人だ。知り合いが誰もいなくてアウェー感に耐えかねていたさっきまでなら素直に喜べたけど、初めて見る女の先輩につい見とれていたときに声を掛けられてもただ恥ずかしいだけだった。


「なに、どうしたの?」

「い、いえ。なんでもないです」


 ニヤニヤと笑みを浮かべられると、なんだか心を見透かされているような気がしてしまう。


「名前なんて言うの?」

「えっと、多治見在人たじみ あるとです」

「へぇ〜、なになに、在人ってカッコイイ名前じゃん! 俺はね、樫野禅かしの ぜん。禅って呼んで。それじゃあカンパーイ!」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 禅先輩はビールジョッキを持ち上げて、僕のウーロン茶にかちんと当てた。

 ニカッと白い歯がのぞく笑顔が人懐こそうで、僕もつられて微笑む。先輩は髪をかなり明るい色に染めていて勝手に怖そうに感じていたけれど、よく見るとすごく優しくていい人そうだ。


「そういやさ、他の一年生はどこにいるの?」

「同じクラスの子たちはみんな用事があるらしくて今日は来てないですけど、他の学科の子が来るかもしれないって先生が言ってました」


 禅先輩の顔が少し曇ったのを、僕は見逃さなかった。

 ちょっと聞いてくるから待ってて、と言って去っていった禅先輩を目で追い聞き耳を立てる。なにかはわからないけれど、なんとなく嫌な予感がした。

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