シンデレラストーリー
@ayaka_criss
第1話 焼き鳥
普通の大学2年生。去年の春、大学進学のため、田舎から上京してきた。大学は、渋谷に近いところにあり、学校帰りによく渋谷を徘徊していた。だから、東京生活2年目にして、渋谷は庭と呼べるほど、熟知していた。
20歳を迎えたこの夏、ちょうど夏休みで何もすることがなかった私は、一人で渋谷の居酒屋をめぐることにはまっていた。なぜなら、そこには必ず出会いというものがあって、会社帰りの上司の愚痴をこぼしているサラリーマン、彼氏や友達の悪口を言う女の人の集まりなど様々な人たちがいて楽しい。しかも、彼らは、決まって私が一人でいるからなのか話しかけてくれていた。
今日は、以前から気になっていた隠れ家的焼き鳥屋「寿」という店に行くことにしていた。現在午後8時40分。この時間から入ることによって、夜を楽しめる気がした。
さっそく店に入ると、中には数人の客と店主らしき人が一人いた。
「いらっしゃいませー!」
大きく、よく響く店主の声がした。
「おひとり様ですか」
「はい」
「どうぞ、お好きな席にお座りください」
「はい、ありがとうございます」
このやり取りは、定番だった。意外と中は狭く、席数も7席ほどしかなかった。髪がぼさぼさで、黒縁の大きな眼鏡をかけた男性の隣に座った。メニューをざっと見て、何を頼むか考えた。比較的、物事の判断は早い方なので、すぐに決まった。
「すみません、皮塩を2本とレバーのたれ1本、あと、コークハイお願いします」
「はいよー」
大柄で気さくそうな店主は、笑顔で注文をとってくれた。居酒屋めぐりにはまっているといっても、ビールが苦手な私は、大抵ハイボールを頼んでいた。
「はい、まずコークハイね」
すぐに、コークハイが出てきた。ありがとうございます、といって受け取ると、一気に半分ほど飲んだ。
「ねえ、お姉ちゃん、『ブラック』っていう本読んだことある?」
店主が私頼んだ焼き鳥を焼きながら聞いてきた。『ブラック』は、私が最近読んだ本である。たしか、人気インテリ系俳優が書いた小説で、各メディアで大きな話題を呼んだ。めったに、本を読まない私がその本を読んだ理由は、単純だ。多くの購入者と同じくその俳優のファンだったからである。
「はい、つい最近読みました」
なぜ、その本を読んだことあるかを問われたのかは謎だが、とりあえず、返事はした。
「おお、そうか。あの本、どうだった?正直な感想を聞かせて」
またもや、何を目的として聞いてくるのか分からない質問だ。
あの本は、東京を舞台に書かれていて、東京を知らない人間にとってはあまり面白くないであろうものだった。あと、言い回しがしつこくて読んでいて疲れたのを思い出し、それらを店主に言うと、大声で笑われた。
「言うねー。これが正直な読者の感想だ、な、残念だったな、葛城」
「えっ?」
店主が何を言っているのか分からなかった。
「実は、お姉ちゃんの隣に座っている男、その本の著者の葛城真琴だよ」
いまだに現状を理解していない。待って、この隣のボサ髪の男の人が、葛城真琴?信じられない。テレビで見ているのと全然違う。でも、さすが東京。こんなところで芸能人に会えちゃうんだね。
「ここまで正直に言ってくれる人初めてだ」
葛城真琴が下をうつむきながら言った。かなりご立腹の様子。
「ありがとう」
次に彼が発した言葉は私が予想もしていない言葉だった。しかも、こちらを向いて笑顔で、感謝の言葉を。
「はい、お待たせ」
その時、皮塩2本とレバー1本が出来上がった。
シンデレラストーリー @ayaka_criss
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