恋するシェイクスピア もうひとつのロミオとジュリエット
吉村りりか/ビーズログ文庫
ためし読み①
初めて視線を交差させたロミオとジュリエットは、瞬きをするのも忘れてただお互いを見つめ続けていた。
自分の思考も理性も飛び越えて生まれる感情があるということを、二人は初めて知った。そして、その想いが嵐のようにそれまでの全てを吹き飛ばしてしまうということも。
そんな中二人が手を重ね合わせるのは、自然なことのように思えた。
熱を持った二人の手が、改めて絡み合う。
自分の指に絡まった少女の指の細さに、ロミオは喘いだ。触れてはいけないものに触れてしまったような気がして、自分の罪深さが恐ろしくなる。
彼女の瞳を見ていると、なぜこんなに胸が苦しくなるのだろう。愛おしさが溢れ、ロミオは泣きそうな顔でくすりと笑った。
「なんだか、僕の卑しい手で君を汚してしまったような気がするよ。こんなにも、君が愛らしいから」
普段のロミオは、こんなに気障(きざ)な台詞を言う男ではなかった。ただ、彼女と出会った衝撃に自然と口をついて出てしまったのだ。一瞬、彼女が驚くだろうかという懸念が脳裏をよぎったが、すぐさまそれも飛び去った。彼女なら、自分の言葉を素直に受け止めてくれると、何故か思ったのだ。
「でも、この手は離せないみたい。……だからせめて、巡礼という名の唇で、聖者様の手を清めさせて」
甘く囁いて、ロミオは少女の手を捧げ持つように引き寄せると、手の甲にそっとくちづけた。
優しく柔らかく触れたその唇に、ジュリエットは目を瞑った。同じくちづけなのに、どうしてこうも違って感じられるのだろう。触れられたところから、温かさが全身に広がり、先程の恐怖など塗り変えられてしまうようだった。
唇が、吐息と共に離れていく。そのことを名残惜しく思いながら、ジュリエットは首を横に振った。
「巡礼様。そんなことを言ってはあなたの手が可哀想だわ。こんなに信心深いのに」
ジュリエットもまた、気がつけばそう囁いていた。自然と、言葉が出てくるようだった。こんな感覚は初めてのものであり、戸惑いつつもジュリエットはその流れに身を委ねた。
重ね合わせていた手を離し、今度は向かい合うようにして手を合わせる。
「聖者の手は、巡礼が触れるもの。こうして、手を合わせるのをくちづけと呼ぶのよ」
触れた少女の手は小さく、ロミオはひどく心をかき乱されるのを感じた。初めての感情だった。彼にとってもまた、初めての感情だった。彼女の笑顔が、星明かりにきらめく瞳が、全てが愛おしい。
「手を合わせるのがくちづけ、ね。でも、聖者や巡礼にも唇があるでしょう?」
相手の唇を見つめながらロミオが微笑むと、彼女はぱっと頬を赤く染めた。
「唇は、祈るためのものだわ」
彼女は恥じらうように目を伏せたが、拒絶の兆しは見られなかった。
指を絡め、彼女の顔にそっと顔を寄せる。
「それなら愛しい聖者様。――手がすることを、唇にもさせて」
耳元で囁かれた声に、ジュリエットははっと顔を上げた。彼の言わんとすることを悟ったからだ。心臓が早鐘を打ち、間近に迫った彼の真摯な眼差しに身動きが取れなくなる。名前も分からない青年だ。それでもどうしようもなく彼に惹かれ、ジュリエットは絡めた指に力を込めた。
「聖者の像は動かないわ」
微笑んだジュリエットに、青年は息を呑んだ。その瞳が、たちまち熱を帯びる。
「じゃあ、ずっと動かないで――」
掠れた声が耳朶を打った。頬に手が添えられ、あっと思う間もなく引き寄せられる。
初めてのくちづけは、躊躇いがちで控えめなものだった。僅かに触れただけの掠め取るようなくちづけだったが、ジュリエットは体中に響く痺れを感じて彼のことを見つめた。
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