音楽準備室の小さな演奏会

「あれ、うさたん、今日ハープ持ってきてたの?」


 土曜日練習の昼休み。奏斗かなとがお茶を片手に音楽室に戻ってくると、ハープをケースから出しているりつがいた。


「あ、ねこやんおかえり。うん、明日急きょ演奏会に呼ばれたんだ」


 ソフトケースから姿を現したのは、ハープと言われて連想するものよりも小さなもので、これはアイリッシュハープと呼ばれる。


 律は姉のついでに少し習ったおかげで、ハープが弾ける。律の言う少しがどの程度なのかは分からないが、それであれだけ弾けるなら多少なりとも才能があるような気はするが、本人はあくまでサブ楽器という位置づけにしている。メインはパーカッション、鍵盤楽器だ。


「へー、そうなんだ。いいなぁ、演奏会」

「ねこやんも乗る? 演奏会っていっても、かなり規模は小さいけど」

「えっ、いいの?」


 まさかのお誘いに奏斗の目が輝く。奏斗から言わせてもらえば、どんな場所でどんな規模でどんな編成でやろうが演奏会は演奏会だ。乗せてもらえるならどんな演奏会でも基本的には大歓迎である。


「うん。前も一緒にやったママさん楽団、覚えてる? あそこだからきっと歓迎してくれるよ」

「あー! あの時の! いろいろよくしてもらったなぁ」


 吹奏楽は部活を辞めたらもう機会がなさそうだが、アマチュアの楽団は探せばたくさんあったりする。以前、そして今回もお世話になるのはそういった楽団のひとつで、そこは主に主婦を集めて活動しており、そのリーダーが律の母、姉と親交がある。前回はどうしてもドラムの人が来れなくなってしまい、今回のように律経由で奏斗が呼ばれた。


「今回はドラムはもう決まってるから、隙間産業になると思うけど」

「全然大丈夫です! むしろありがたき……!」


 両手を合わせてありがたやありたがやと唱える奏斗に、律はふふ、と笑う。


 ちなみに隙間産業とは、手が足りなかったりでできない楽器をやることを言う。といったように、隙間に入ることを隙間産業と俗に呼んでいる。


「邪魔しないからハープ弾くとこ見ててもいい?」

「もちろんいいよ」


 律から了解を得た奏斗は、後をついて音楽準備室に入っていく。普段は楽器置き場になっているそこだが、打楽器がほとんどはけている今はかなりスペースが広く、二人が入ってもまだ余裕があった。


 準備室の隅にしゃがんで、にこにこしながら奏斗は律の演奏がはじまるのを待つ。音楽と楽器に関してはオールマイティーな奏斗だが、得手不得手は奏斗も人間だからどうしてもあるものであり、まったく弾けないというわけではないがハープはなじみが薄いせいか、どちらかといえば不得意だった。


「ハープっておもしろいよね」


 楽器をセットし、楽譜をぱらぱらとめくりながら律が口を開く。


「周りがすごくにぎやかでも、ハープの演奏がはじまるとだんだん静かになるんだよね」

「あー、逆にね。それはあるかも」

「ね。胎教に、っていう人もいたりするし」

「それはめっちゃよさそう」

「そうかな?」

「うん、めっちゃいいと思う!」


 奏斗につられて律も笑顔になる。ありがとう、と言って律は楽器を構えた。


 ほどなくしてはじまった、やさしい旋律。お昼を食べた直後の奏斗には、少し眠たくなってしまう、心地いい演奏だった。

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