熊谷部長の昔話

新宮しんみやくんじゃないかなぁ?」

「それはない。……と言いたいが、顔だけはいいからな、あいつ」


 響介きょうすけがカノンの名前を挙げると、すかさず千鳥ちどりが突っ込む。


「あ、合歓木ねむのきくんとか?」

「いや、熊谷くまがいでしょ」


 みんな――というより三年生の男子部員たちががなんの話で盛り上がっているかというと、調辺しらべ高吹奏楽部の男子部員で誰が一番モテるか、というめずらしい話題だった。


「でも熊谷、告白は全部断ってるんやろ? そのつもりはなかったんやけど、この間その場に居合わせてな。えらい丁寧に断っとったな」

「そうなの? やっぱり部活が忙しいから?」


 吹奏楽部は文化部にカテゴライズされているとはいえ、下手な運動部よりも練習はきついし、土日や夏休みなどの長期休暇も休みはほとんどなく、部活で埋まっている。そのせいか、恋愛などといった浮いた話題は男女問わず交わされることがほとんどなかった。


「そうだねぇ。私も今は楽器が恋人だからねぇ」


 そう言って熊谷は特徴的な笑い方で笑う。楽器が恋人、とはよく言ったものだ。


「……それから」


 呟くように続けられた一言に、視線が熊谷に集まる。


「過去にいろいろあったからねぇ」

「そ、そうなの? なんかごめんね……」

「いやいや、気にしないでくれたまえ」

「……で、熊谷。過去になんかあったの?」


 いつもだったら響介が止めるところだが、今回は止めなかった。だって、本心では気になるから。響介以外の部員たちも例外ではなかった。


「長くなるけど、いいかな?」

「……かまわないよ」


 返事をしたのは有牛。それに続いてみんなが頷いたのを見て、熊谷は窓の外に目をやると、ぽつりぽつりと話し始めた。

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