Saxophone Quartette Fantasy
昼休み、
(おっと?)
音楽室まであと数メートルというところで、準備室からテナーサックスの音が聞こえることに気付いた奏斗は足を止める。そして、そういえばついさっき、ここに来る前に職員室に鍵を借りに行ったらすでに借りられていたことを思い出す。今日は先客がいるらしい。
平日の昼休みにまで熱心に練習しているのはやっぱり
奏斗も休憩時間に打楽器以外の楽器で遊ぶことはよくあるし、その辺は
でもきっと、自分が知らないだけで、部員の誰かだろう。それならとりわけ苦手な人もいないしと、ドアについている窓からこっそり中を覗いたりはせずに、奏斗はいきなりドアを開ける。
「あ――っと? こ、
名前を呼ばれるより先にドアの開く音に反応した音の主――柑本いろはが、サックスを吹くのを止め、マウスピースから口を離す。
中にいた予想外の人物に驚きを隠せない奏斗に対して、いろははいきなりドアが開いたにも関わらず、驚いた様子はなかった。相変わらず無表情で、ぽかんと口を開けている奏斗をじっと見つめる。
「えっと……柑本って、中学はサックスだったの?」
「……サックスもやってました」
いつも一緒にいて通訳してくれている
「そうなんだ。サックスとクラやってた感じ?」
無言でこくりと頷くといろはは再びサックスを吹き始める。正確には、吹奏楽で使用されている木管楽器はひと通り経験していたが、さっさと会話を終わらせるためにそういうことにしておいた。今のいろははとにかくサックスが吹きたかった。そのために、今日はいつもはしない早弁までしたのだから。
「ふーん」
三年生が引退してバランスが悪くなったなどの理由で楽器が変わることはどこの学校の吹奏楽部でもあることだろうし、サックスとクラリネットは同じシングルリード同士ということもあって、奏斗はそれ以上は突っ込んでこなかった。
「あっ、それならサックスアンサンブルできるじゃん!」
かと思えば、ドラムを叩き始めてすぐにまた奏斗が大きな声を上げたものだから、これにはさすがのいろはもびっくりして、ぴくりと小さく身じろいだ。
おもむろにこちらに振り返って首をかしげるいろはに、奏斗はただでさえ中学生、下手したら小学生にすら間違われる幼さの残る顔を、にっこり笑ってさらにあどけなくして、身を乗り出す。
「茅ヶ崎と芹沢と柑本と俺でサックス四重奏できるじゃんって思って。……ソプラノ、アルト、テナー、バリトンの四重奏で、ソプラノがおいしい曲にすれば大丈夫だよ、たぶん」
かすかにいろはが顔をしかめたのに気付いて、奏斗が苦笑いしながら付け足す。あの二人に一緒にサックスアンサンブルをしようよと持ちかけたら、有亜は快く頷くだろうけれど、弾はそうはいかないだろう。いろはが顔をしかめたのは、それを懸念したからで、奏斗が付け加えたのも同じ理由から。
弾はとにかく目立ちたがりで、ソロやおいしい旋律が自分に回ってこないと機嫌を損ね、おまけにそれらを担当することになった人をねちねち攻撃し始めるめんどくさい性格をしている。とはいえ、花形楽器には目立ちたがりが多いのはどこの吹奏楽部でも同じらしく、調辺高も例外ではなかったというだけだ。彼が所有しているソプラノサックスが終始メインになるような曲を選べばきっと大丈夫――と思いたい。
「茅ヶ崎がソプラノ、芹沢がバリトン、柑本がテナー、俺がアルトが理想かな。……って、勝手に決めちゃったけど、テナーでもいい? 俺も一応なんでもいけるけど」
「テナーかバリトンがいいです」
「そっか。んじゃ俺アルトがいいな」
時々
「なんかやりたいのある?」
「……魔女の宅急便」
「あー! それもいいよね! ……ん? 俺? 俺がやりたいのはなんだろうなぁ……。サックスってめっちゃあるからなぁ。適当にこれやりたいって言っても探したらありそうだし」
もともといろはは口数が少なく、これ以上話すのは面倒だと思うとさっきのようにすぐに自分の世界に入ってしまうのだが、それからしばらく奏斗と盛り上がっていたのは、サックスアンサンブルの経験がなかったから、奏斗と話しているうちに興味が湧いて。サックスアンサンブルをするにあたって、一番の問題はやっぱり弾のことだが、あれがしたい、これをしようよと話している時間は、なぜか最高に楽しいのだ。
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