ベイ・ブリーズ

「ベイ・ブリーズって頭の中で流してると宝島と混ざるよね」

「めっちゃ分かりますそれ! 作曲者と編曲者一緒ですもんね」


 ベイ・ブリーズ――全体的に爽やかな曲で、アルトサックス、トランペット、トロンボーンと多数のソロがあり、ラテンパーカッションもソロや曲を通して活躍する曲だ。アンコールなどでよく演奏されている。


 ラテンパーカッションが活躍するこの曲、誰がどの楽器をやるのか、パーカッションパートで話し合いが行われていた。パーカッション以外誰もいない音楽室の中央に集まり、楽譜を囲むように円になっていた。


「ソロあるし、ドラムはやっぱり猫柳ねこやなぎだよね」

「えー、俺小物やりたいんですけどー!」


 うんうん、と鈴々依りりいりつ和希かずきが頷く中、奏斗かなとが珍しく不満の声を上げる。

 ドラムが得意で本人もパーカッションで特に好きな楽器はドラムだが、パーカッションが活躍する曲となれば別だった。


菊池きくち先輩やりません? ドラム」

「あたし絶対無理。曲が崩壊するから。出だしでコケるよ」

「宝島のドラムやったことありますよね?」

「う、うん……一回だけね。ボロボロだったけど」

「宝島叩けたら大体どの曲もいけますって!」

「やだよ、あたし小物やりたいもん」

「俺だってコンガあたりアドリブでやりたいんですー!」

「僕も小物やりたいなー」

「わっ、私も……」


 奏斗だけではなく、こういうラテンパーカッションの活躍する曲は、みんな口をそろえて小物がやりたいと言う。

 小物が好きで普段からよく小物を担当しているまいは「小物こそパーカスの神髄だ」と言っていたが、中学でも同じく吹奏楽部でパーカッションだった和希以外の三人もその通りだと思っている。


 小物と一言で言っても打楽器の数は星の数ほどあるし、楽器によって奏法も全然異なるから、得意不得意はあれどみんな小物でどんちゃかするのが好きだった。高校から吹奏楽を始めた和希も、パートにノリのいい人間が多いからか、こういった系統の曲では先輩たちと一緒に小物で騒ぐのは楽しいと言ったことはないが思っている。


「ねえ和希、鍵盤やってみない?」

「い、いや、俺は……いいです。遠慮しときます」

「大丈夫だよー、それほど難しくないから」


 こちらも同じことをやっていた。鍵盤が好きな律も、この曲では小物でどんちゃかしたいからと和希にそんな申し出をしてみる。

 ちなみに先輩たちの言う「それほど難しくないから」は、両親や先生の「怒らないから正直に言いなさい」、あるいはクラスメイトの「絶対誰にも言わないから」と同じくらい信用できない台詞である。


 律に言われて鍵盤――グロッケンとシロフォンの楽譜を横目でちらりと確認すれば、長休符ではなく十六分音符で黒かった。臨時記号もちょくちょく出てくるようだし、すぐに和希は自分には無理だと判断した。その代わりパーカッションのソリは休みだが、自分一人だけのソロではなく先輩たちと一緒であれば、そっちのほうがいい。


「これ、そもそもアドリブだし、楽譜なくても楽器増やしちゃっていいと思うんだよね」

「指揮振るのどうせ観田かんだ先生ですしねー」


 観田先生なら、勝手に楽器を増やしても怒らないだろうし、増やしましたと言っても「いいね!」といい笑顔で言われるのがオチだろう。おもしろければなんでもいい先生だ。


「だからこそ、ドラムがしっかりしてないといけないとも言えるんだけどね」


 観田先生の指揮は基本ドラム任せで、小気味いい曲だともはや指揮を放棄して踊り出す。本人曰く、テンションが上がると無意識に体が踊り出してしまうのだそうだ。

 時にテンポは一定でなく、それでは演奏する側としては大変だし、特に曲のテンポを支配するパーカッションとしては困る。度々先生に代わって指揮を振るコンサートマスターの千鳥が怒ったりもするが、なぜか彼が振るとつられるのかテンションが上がるから不思議だ。


「うーん……『風になりたい』のドラムを猫柳以外にして、そっちのソロじゃダメ?」

「あ、それでもいいですよ」


 もう一曲、同じ日に演奏する「風になりたい」でもパーカッションのソリがある。こちらもラテンパーカッションが活躍する曲だ。こちらは演奏しながら部員から数名歌を歌う人を選出して、観客も交えて一緒に歌って盛り上がろうという企画でもあるので、ドラムはさほど重要でもなかったりする。


「それなら風になりたいのアゴゴください! 俺アゴゴ大好き!」

「おっけーおっけー。それなら風になりたいは希望通りアゴゴにしてあげる」

「やった!」


 アゴゴ、もしくはアゴゴベルはパーカッションの小物の一種で、吹奏楽ではラテン系の曲でよく使われている。大小二つの三角錐を細い棒で繋げたもので、スティックで叩くと甲高く澄んだ音がする。奏斗は小物の中で特にアゴゴが好きだった。


「そっかぁ、風になりたいもソロあるんだっけ……。それなら私、ベイ・ブリーズはいつも通りティンパニやります! 風になりたいはサンバホイッスルやりたいので……」

「僕はどっちも鍵盤でいいです」

「あれ、兎田、いいの? さっき小物やりたいって言ってなかった?」

「どっちもソロのところは休みなので、そこだけ適当に小物で混ざっていいですか? そういう条件なら」

「おーいいよいいよー。じゃんじゃん盛り上げちゃってー」


 全員が小物をやりたいと言い出した時は、これはなかなか決まらずに長引くだろうなと思った楽器決めが案外すんなりと決まって舞はほっとする。舞が中学生だった頃は、やりたい楽器がかぶった時に揉めに揉めたことが何度かあった。


「小物に決まったのは嬉しいんだけどさ」

「……はい?」


 楽器が決まったところで、各々早速練習を始めた時。準備室のパーカッションのラベルが貼ってある棚から、使用する小物を和希に手渡しながら舞がため息交じりに口を開いた。


「合奏じゃないといまいちはっちゃけられないよねー……」

「あー……」

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