問題児・茅ヶ崎ブラザーズ

「屁理屈は聞き飽きたっつーの!!」


 ドアが開く音、女子の大きな声、なにかが投げ込まれる激しい音。


 突然のことにわいわいと他愛のない話をしながら楽器を準備していた調辺高吹奏楽部の部員たちはそちらに視線を向け、何があったのか確認した後、また何事もなかったかのように準備に戻った。


「いってぇ……ケツ超いてぇ……もう少し優しく扱ってくれよーまいちゃん」

「乱暴な女性はモテないですよ」

「うるさい!」


 口答えする二人の男子に怒号を飛ばす一人の女子。先ほどの光景も含め、部員にとってはすべて見慣れた光景だ。ちらちらと視線を向けている者も数人いるが、ほとんどの人たちは気にする様子は一切なく、仲のいい友人と話すなり黙々と楽器を準備をするなり各自過ごしていた。


 音楽室のドアに背を向けて、男子の前に顔を真っ赤にして仁王立ちしている女子は調辺高吹奏楽部副部長の菊池きくちまい。舞から向かって右側にいる、あぐらをかいて舞を見上げているのが茅ヶ崎ちがさきれん。左側の片膝を立てて投げ込まれた時にぶつけた腰をさすっているのが茅ヶ崎ちがさきだん。長い前髪で右目が覆われていてややつり目がちなのが連で、左目が覆われていてややたれ目がちなのが弾だ。二人は兄弟で、連が三年で弾が二年。


 何かが投げ込まれる激しい音は、二人が舞によって音楽室の床に投げ込まれた音だ。

 弾は男にしては小柄な体格をしているが、それでも身長は舞のほうが小さい。にも関わらず、プラス超身長の連と二人男子の首根っこを掴んで、どこからかは知らないが音楽室まで引きずってくる舞。これにももう慣れたが、そのおかげで裏では部活内で怒らせてはいけない人間第一位にランクインしている。


「あんたらが部活に来ないのが悪いんでしょーが!」

「はいはいごめんなさーい」

「どうもすみませんでした」

「……舞、ちょっと落ち着いたら? どうどう」


 軽く聞き流している様子の連と弾に、さらにヒートアップしそうな舞を、見かねたりんがさすがになだめる。


 連と弾じゃ見た目も対照的な二人だが中身も対照的で、連は明るくムードメーカーなのに対し、弾は穏やかで落ち着いた性格だ。しかし、兄弟だからか、二人にも共通点はあった。


「モチベがある時にやったほうがいい演奏できるってもんじゃん。つーか、今やってる曲ラッパ超暇なんだよねー」

「そうそう。サックスも見せ場ないし、おもしろみもないし……。ソロがあったら張り切って練習するんですけどね」

「オレは別にソロはいらねーけど、ラッパの出番が少ないから今回はやる気が出なくて」

「ぼくも」


 怒りに任せて口を開く舞だったが、呆れて言葉の代わりに大きなため息が出た。近くの部員も苦笑と渇いた笑いをこぼす。


 二人の共通点は、気分屋で気が向いた時にしか顔を出さないところで、それが一ヶ月に一度や二度ならさすがの舞でも面倒なので見逃しはするが、逆に部活に来るのが一ヶ月に一度か二度となれば話は別だ。一ヶ月に一度か二度というのは極端ではあるが、来ない日のほうが圧倒的に多い。特に連はそうだ。


 兄の連はそうでもないが、弟の弾はサックスがおいしい曲でなければ部活に来ないどころか、顧問の先生にサックスが目立つ曲、できればソロがある曲にしてくれと直談判に行くのだから恐ろしい。過去にそれでソロを吹かせてもらったことや、曲を何曲か変えたこともある。


 先生ももはや慣れたようで流しているが、部長である舞は特に弾にはきつく何度も言っている。しかし二人ともちょっとやそっとでは折れない図太い性格をしていることと、高校生にしては同年代と比べると荒削りではあるが技術とセンスはあるためにあまり強くは言えないし、先生も何度か弾の要望をのんでいるのはそのせいだ。


「もう言うことないですか? ぼく、今日二者面談があるので今日は部活休みます」

「あ、オレも」

「あんたは昨日だったでしょーが!」


 舞に突っ込まれ、連はぺろっと舌を出す。すかさず飛ぶ舞の突っ込みに、苦笑を浮かべる部員が少々。

 そそくさと出て行こうとする二人のブレザーの襟をつかみ、再び投げ飛ばす。


「ちょっとー、そんなに乱暴にされたらケツ痛くて椅子に座ってられなくなるんだけどー。ますますラッパ吹けなくなっちゃうよー?」

「痣できたら責任とってくださいね?」

「舞ちゃんの鬼畜ぅ」

「だったら最初っから真面目に部活に来て練習せんかい!!」

「はいはーい」


 これでもかと怒っている舞に動じることもなく、適当に返事をすると今度はようやく準備室へと向かう。二人の背中を睨みつけ、準備室に入ったのを確認すると舞は大きなため息をついた。


「あーもー! 部活やる前から疲れたよ……」

「……いつものことだけど、お疲れ、舞」

「サックスとペット! ちゃんと見張っててよ!」

「……努力はします」


二人が逃げ出さないように見張っておけ、とは今まで何度も舞が茅ヶ崎兄弟を無理矢理連れてくるたびに言われている。が、それでも隙をついて、もしくは堂々といなくなってしまうのだからもはや何の意味もない。力ずくででも止めろと言われたこともあるが、正直なところ、


「見張っててって言われてもねぇ……」

「あれこれ言ってもどうにもならないし、やることは一応やってるし……」

「ぶっちゃけめんどくさいよね」

「うん」


 ……という本音は小声で。


 合奏の時に二人がいないと怒られるのはパートのメンバーだ。それも慣れてきて今では聞き流せるようになったが、自分たちの問題ではないとはいえ怒られるのはいい気はしない。

 本音を言うと、彼らを説得するのに時間を使うくらいならその時間を練習にあてたい。


「そういえば部長から伝言! 今日は五時十五分から合奏! それまで個人練習とパート練習! 基礎練習もしっかりとやること! 先生が来るまでチューニング終わらせておくこと! 以上!」


 早口で今日の練習の予定を言うと、舞も慌ただしく準備室へ向かう。


 舞と入れ違いになるように、連はトランペットケースを、弾はサックスケースを持って準備室から帰ってきたのを見て、トランペットとサックスのパートのメンバーは少しだけほっとする。舞の知らない間に抜け出したとなれば舞が騒ぐのは何度も経験済みだ。とはいえ次の瞬間にいなくなっている可能性は大いにある。堂々と「気分じゃないから」などと言って抜け出すこともあるが、小さな子どものように目を離した少しの隙にいなくなっていることも多々ある。舞に怒られるのも嫌だが、いついなくなってもおかしくない二人を見張ったり、止めるのも面倒だ。


(どうせ今日もすぐいなくなるだろうし)


 トランペットとサックス、そして他のパートの人ですら、いや、もしかしたら舞以外の部員はみな同じことを考えていた。



 そして迎えた合奏の時間。先生を呼びに行くために少し遅れて来た舞が、茅ヶ崎兄弟の姿がないのを見て発狂するのは約一時間後のこと。

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