第六章 折れた翼  ──または、大和、発進!

第六章 第一話


 その朝。

 ミーナからの伝達こうたずさえ、芳佳は坂本の居室をおとずれていた。

 だが、生憎あいにく、朝練のためか坂本はいない。

 ふと、部屋に入った芳佳の目に、坂本の烈風丸が飛び込んでくる。


「……」


 こうしんが芳佳を動かした。

 烈風丸に近づき、手に取り、さやはらう芳佳。

 刀身がオーラを帯び、ほうの印がき上がる。


「わっ!」


 あふれる気。


すごい! これが烈風丸!」


 だが、いつしゆん後、芳佳は目眩めまいを覚え、たおれそうになった。

 ふっと意識がれ、その手から落ちた烈風丸がゆかさる。


「宮藤!」


 ちょうどその時、部屋にもどってきた坂本が芳佳を抱きとめた。


「しっかりしろ、宮藤!」


「……坂本さん?」


「よかった、立てるか?」


「は、はい」


 まだ少しふらつくが、この感じは初めてではない。

 そう。

 せんとう中、魔法力を使い過ぎた時に覚える感覚だ。


「あの、坂本さん、その刀……」


 芳佳は烈風丸に底知れぬきようを感じ始める。

 だが。


鹿もの!」


 烈風丸をさやに収めた坂本は芳佳をしかりつけた。


「二度とこの刀にさわるんじゃない! 分かったか!」


「はいっ! すいません……」


 芳佳は小さくなるしかなかった。



  * * *



 それからしばらくして。

 ミーナと坂本の姿は、連合かんたいていはくする軍港にあった。

 もちろん、係留する軍艦の中には、大和の姿もある。


「何ですって!」


 と、声を上げたのは坂本。

 軍港の司令部におもむいたミーナと坂本を待っていたのは、きようがくの作戦計画だった。


「将軍、それでは今回の作戦にウィッチは必要ないのですか?」


 ミーナがかくにんする。


「そうではない。だが、ネウロイの巣を倒す主戦力は、ウィッチではない」


 居並ぶ将軍のひとりが答えた。


「巣が相手となると、話は別だ。君たち501航空団にしたところで、ネウロイの巣を直接倒したことはあるまい?」


 もうひとりの将軍がてきする。


「確かにそうですが、しかし……」


「ミーナちゆう、今回の作戦はすでに決定したのだよ。そうだな、杉田艦長」


 最初の将軍が目をると、杉田が立ち上がった。


「はい。ヴェネツィア上空のネウロイの巣は、我が扶桑海軍戦艦、大和がげきいたします」


「え?」


 ウィッチと比べかい能力のおおはばに低い艦船では、巣に近づくことさえ難しい。

 そのことを知るミーナはまゆをひそめる。


「艦長、通常兵器である戦艦では、空にあるネウロイの巣を倒せるとは思いません!」


 同じ扶桑海軍に所属する坂本が杉田に向かって言った。


「通常兵器ではないのだ、少佐。あれは……戦艦大和は、我々の決戦兵器なのだ」


 杉田に代わり、将軍が答える。


「決戦……兵器?」


「その通りです」


 将軍の言葉をぎ、杉田が説明する。


「我が扶桑海軍では、ガリアでのウォーロック実験を研究した結果、より安定度の高いコアコントロールシステムを開発しました。わずか10分と限られた時間内ですが、暴走を完全に防ぎつつ、ネウロイ化が可能です」


「大和をネウロイ化させるですって……」


 ウォーロックの悪夢が頭をぎるミーナ。


「血迷ったか!」


 坂本はくちびるむ。


「ネウロイを倒せるのはネウロイだけ。巣を倒すのはウィッチでは不可能だ」


「ウィッチに不可能はありません!」


 将軍の言葉に、思わず前に出る坂本。


「私の真・烈風ざんさえあれば、仮令たとえネウロイの巣であっても、必ず勝てます!」


「何を言っているんだ、坂本少佐」


 将軍たちの反応は冷ややかだった。


「本来なら君はすでに退役していてしかるべきねんれいではないのかね」


「この作戦が失敗したら、はや我々にはロマーニャを明け渡す以外のせんたくは残らないのだ。その時は当然、501も、今のままではいられない。分かるかね?」


「……」


 つまりは解散、ということだ。


「会議は終わりだ。明日10時より、ネウロイ撃退作戦、オペレーションマルスを発動する!」


「将軍!」


「やめなさい、坂本少佐」


 なおこうしようとする坂本をミーナが制する。


「501統合せんとう航空団の任務は、敵ネウロイにとつげきする大和の護衛だ」


りようかいしました!」


 ミーナは敬礼した。



 基地に帰ると、ミーナは一同をミーティングルームに集め、作戦のがいようを説明した。


「以上が最終作戦の内容よ。持てるすべての戦力でネウロイの巣ごとせんめつし、一気に片をつける作戦です」


「……もし失敗したら?」


 バルクホルンは大和だよりの作戦にかい的になる。


「失敗すれば、ロマーニャ全土はネウロイに明け渡すことになる。そして、501航空団も解散することになるわ」


「明け渡す? 501が解散? そんな鹿な話があるか! ミーナ、そんな命令になつとくして帰ってきたのか!?」


「納得してる訳ないじゃない!」


 バルクホルンに思わず言い返すミーナ。


「……でも、この先、しようもう戦を続ける戦力は軍に残っていない。このまま戦い続けてもがいが増えるだけ。私たちには、もうこの方法しか残っていないのよ」


 ロマーニャを明け渡すという言葉に、思わず泣き出すルッキーニ。


だいじよう、心配するな! ルッキーニの故郷をネウロイなんかにやってたまるか!」


 こういう時に、シャーリーの明るさは心強い。


「……勝てばいいんでしょ」


 冷静に言うサーニャ。


「そ〜だ! 勝てばいいんじゃん!」


 もちろん、エイラはサーニャの言葉を指示する。


「ですわね」


「うん、勝とう!」


「絶対勝つよ!」


 ペリーヌ、リーネ、芳佳も心を決めた。


「そ〜ゆ〜ことだよ、トゥルーデ。何、弱気になってんのさ?」


 ハルトマンが、バルクホルンをからかう。


「ち、ちがう! 私はいつだって、最後のひとりになっても戦う!」


「ひとりになんてしないわ。私たちは11人でストライクウィッチーズよ」


 と、微笑ほほえむミーナ。


「そうです! 11人いれば、絶対に勝てます!」


 力強くうなずく芳佳。

 だが、芳佳が同意を求める視線を坂本に向けると……。


「……11人か」


 坂本はうつむき、手が白くなるほど軍刀を強くつかんでいた。



 夜になり。

 先ほどの坂本の様子が気になった芳佳は、坂本の姿をさがして基地内を彷徨さまよっていた。

 部屋に坂本の姿はない。

 でも、食堂でも、坂本を見つけることはできなかった。

 坂本はだれもいない格納庫で、烈風丸をにぎっていたのだ。


「今夜だ。何としても今夜中に真・烈風斬を完成させねば」


 坂本は足元にほうじんを発生させるが、安定しない。

 それでも何とかユニットを発進させ、かつそうに出たしゆんかん

 そこにはミーナが立っていた。


「!」


 ミーナをけようとしててんとうする坂本。

 立ち上がれない坂本を、ミーナはだまって見守っている。


「ミーナ、知っていたのか?」


 いつの間にか、雨が降り出していた。


「いつか、こうなることは分かっていたわ」


「……そうか」


「まさにもろつるぎね」


 ミーナは烈風丸に視線をる。


「戦場で使える力と引きえに、大量の魔法力を消費するようとう。烈風丸は、あなたのウィッチとしての寿じゆみようを吸いくそうとしているのよ」


「まだ、私は戦える!」


 坂本はストライカーをぎ、烈風丸を正眼に構える。

 だが、オーラが刀身を包んだのは一瞬だけだ。


「もうめて、美緒!」


「まだだ! 私は必ず真・烈風斬を完成させる!」


 子供がねるような表情を見せる坂本。


たのむ! 後一度だけ! 後いちげきでいい! 私に真・烈風斬をたせてくれ!」


 願いもむなしく、烈風丸はオーラを帯びない。


「お願いだ! 私も11人の中にいさせてくれ! ミーナ、頼む!」


 そのほおをポロポロとなみだがこぼれ落ちる。


「美緒」


 降りしきる雨の中、ミーナには抱きしめてやることしかできなかった。

 そして。


「……そんな……坂本さん」


 坂本を捜して格納庫にやってきていた芳佳も、すべてを知ってしまっていた。



  * * *



 昨晩の雨から一転して晴れ上がったこんぺきのアドリア海を、連合かんたいは北上していた。

 目的地はネウロイの巣が居座るヴェネツィア。

 そうそうたる戦艦、ちくかん、空母の中でも、今回の作戦のかくとなるのは、扶桑艦隊の大和。

 大和は無人で、へいそうする空母あまから操作されている。


「ウィッチだ!」


「ストライクウィッチーズだ!」


 上空にストライクウィッチーズが姿を現すと、各艦上の水兵たちがき上がる。


「これが大和か……」


 大和の上を通過しながら、バルクホルンはつぶやく。


「でっけ〜な」


 きよだいなものには事欠かない、リベリアンのシャーリーも舌を巻く。

 やがて、前方の雲をけると、ヴェネツィアの街が目に飛び込んでくる。

 その上空の、巨大なネウロイの巣も。

 ネウロイの巣からは、えんばん型のはんようネウロイが続々と降下し、げいげきの姿勢を整えている。


「艦長、ネウロイのこうげき半径に入ります」


 天城の艦橋にいる杉田艦長に、長年副長を務める樽宮が告げた。


「大和、ネウロイ化まで後3分!」


 と、技師が艦長に報告した瞬間。

 空からビームが照射され、先行する駆逐艦に命中した。


「ニコラスが攻撃されました!」


 一気にきんぱくする天城艦橋。


「総員、せんとう配置!」

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