第二章 第二話


 夜になって。

 夜間しようかいに向かおうと格納庫にやってきたエイラとサーニャは、だれかのほうじんが放つ明かりを見つけていた。


「誰だ〜?」


 エイラが声をかけると、魔法陣はしようめつ


「あれ、芳佳ちゃん?」


 サーニャはそこにいたのが芳佳であることに気がつく。


「宮藤か? 何やってんだ?」


「サーニャちゃん、エイラさん!? あ、あわわわわわわっ!」


 二人に見つかった芳佳は、あわてて手にしていたほうきそうを始めた。



「へ〜、箒で訓練か〜、そういえば、私の家の近所にも、箒で飛ぶってウィッチがいたなあ」


 芳佳から秘密の訓練をしていたことを聞いて、エイラは故郷でのことをなつかしく思い出した。

 ついでに、あまり懐かしくないことも思い出したが、それは言わない。


「芳佳ちゃん、どうしてそんなことをするの?」


 だんの芳佳は一生けんめいだが、今の芳佳はどこかあせっている。

 様子がいつもと違うことを感じ取ったサーニャが、静かにたずねた。


「……」


 芳佳はそれには直接答えず、逆に質問する。


「あのね……。サーニャちゃんやエイラさんは、急に飛べなくなったことってある?」


「……芳佳ちゃん、飛べなくなったの?」


 サーニャはさとった。


「え、そうなのか、宮藤?」


 おどろくエイラ。

 このところのうらないでは、宮藤はかつてないほどの絶好調のはずなのだ。


「ううん、飛べない訳じゃないけど……」


 口ごもる芳佳。


「なんだ、びっくりさせんなよ」


 ホッとするエイラは、ふと、ろうの方から物音がしたことに気がつき、バケツを投げつけた。


「誰だ!」


「きゃっ!」


 ガゴ〜ン!


「たたたたっ……いきなり何なさるんですの!?」


 暗がりからバケツを手に現れたのはペリーヌ。


「ペリーヌさん!」


「べ、別に何でもありませんわよ。ちょっとトイレに……」


 ペリーヌはシラを切ろうとするが。


「たんこぶ……」


 サーニャが指さした。


「えっ!」


 思わず手をやると、確かにそこには大きなコブが……。


「あははははははははははっ!」


 大笑いするエイラ。


「あなたのせいでしょおおおおおっ!」


 ペリーヌのせいが、格納庫にひびわたった。



(あれ、つうに治せる?)


 ペリーヌの頭に手をかざし、魔法を使いながら芳佳は不思議に思った。


「お〜、治った治った」


「魔法力はだいじよう、みたい」


 と、エイラとサーニャ。


「よかったな〜、宮藤!」


「あなたたち、人の頭で実験しないでくださる!?」


 親指を立てて見せるエイラに、ペリーヌは不服そうな表情を向ける。


「……じゃあ、何で上手うまく飛べないんだろ?」


 芳佳はなやむ。


「何でだろうね……。ちょっと休んだ方がいいのかも」


「そうそう、きっとつかれがまってんだよ。寝て起きたら治ってんじゃないか?」


 サーニャとエイラはそう言葉をかけ、ちょっとおそくなったが夜間しようかいに向かう。


「あなたもさっさと寝なさい」


 ペリーヌもこれ以上何もしてやれない自分に腹立たしさを覚えながら、ひとりで先に部屋へと向かう。


「……」


 こうして周囲からひとかげが消えると、芳佳はまた箒を取り、ほう力を注ぎ込んだ。

 きよだいな魔法じん

 かかとがフワリとき上がる。


(行ける! 普通に飛べる!)


 そう思い、さらに魔法力を高める芳佳。


「飛べ!」


 だが。

 次のしゆんかん

 バッ!

 箒のが飛び散り、魔法陣が消えた。


「そんなあ」


 座り込む芳佳。


「どうして……どうして飛べないの? こんなんじゃ、だれも守れないよ」


「……」


 そんな芳佳のかたわらで、誰かの手が箒の穂を拾い上げた。


「リーネちゃん」


 り返ると、そこにいたのはリーネ。


「芳佳ちゃん」


 うつむく芳佳のとなりに、リーネはこしを下ろす。


「箒、こわれちゃったね」


 静かな波の音。

 しつこくうなばらが、月光を反射し、しんじゆちりばめたかのようにきらめく。


「きれいだね、アドリア海」


「……」


「前にもこうやって、二人で海を見たことあるよね? 覚えてる?」


 あの時、なぐさめてもらったのはリーネの方。

 今度は立場が逆だ。


「うん」


 俯いたままだった芳佳の首が、わずかに縦に動く。


「箒、いつしよに直そっか?」


「うん。……ありがとう」


 二人はそれ以上、言葉をわすことなく、海を見つめていた。



  * * *



「あの!」


 次の朝。

 エンジンテストのごうおんが鳴り響く格納庫にやってきて、リーネがシャーリーにたずねていた。


「あの! ……すけど……って……すか!」


「リーネ、どうした!?」


 マーリンエンジンのばくおんすさまじく、か細いリーネの声はシャーリーに届かない。


「……から……のこと……すけど……は……あるんで……!」


 一生けんめい、声を振りしぼるリーネ。


「も〜、しょうがないな〜」


 見かねたルッキーニが、はりの上の秘密基地からスルスル下りてきて、強制的にマーリンエンジンを切る。


「ポチッとな」


 シュウウウウウウ……。

 格納庫はたんに静かになった。


「何すんだよ、ルッキーニ」


 シャーリーは顔をしかめるが、これで何とか会話ができる。


「で、何か用なのか? めずらしいじゃないか、お前があたしに質問なんて?」


 リーネを見るシャーリー。


「ちょ、ちょっと待ってください。こ、呼吸が……」


 リーネはすでに、息絶え絶えだった。



ほう力が強過ぎて、ストライカーが壊れることがあるか、だって?」


 ようやく息を整えたリーネの質問に、シャーリーはまゆをひそめた。


「例えば、の話なんですけど?」


「……今のストライカーじゃ、ないなあ」


 少し考えてから、シャーリーは答える。


「そ、そうですか……」


「壊れる前にリミッターが働いて、ストライカーに流れ込む魔法力がシャットダウンされるシステムになってるんだ」


「リミッター!」


 ハッとするリーネ。


くわしく説明しようか?」


 シャーリーは、リーネが魔導エンジンに興味を持ったのかと思い、ちょっとうれしくなる。


「あ、っと、今はいいです! もう少し、自分で調べてみます!」


 リーネはペコリと頭を下げると、クルッと背を向けて、トトトッとけ出してゆく。

 相変わらず、カタツムリにも負けそうなほどの足のおそさだが。


「……へんなの」


 ルッキーニは首をかしげ、その背中を見送った。


「なるほどね、そういうことか?」


 一方のシャーリーは、いちなリーネの姿にニンマリとする。


「そゆことって?」


「いや、何でもない」


 シャーリーは首をり、再びマーリンエンジンに点火した。


「せっかく、親友が必死になって真実をき止めようとしてるんだ! あたしは余計な口をはさまないことにするよ!」



  * * *



 朝をむかえた新ウィッチーズ基地のブリーフィングルームでは、ミーナがいつもの面々にれんらくこうを伝えていた。


「連合軍司令部によると、明日にはロマーニャ地域の戦力強化のため、せんかん大和やまとを旗艦とした扶桑艦隊がとうちやくする予定です」


「いよいよ到着するか」


 うなる坂本。


「えっ、大和」


 と、芳佳。


「芳佳ちゃん、知ってるの?」


「うん、扶桑の港で見たことあるの。ものすごく大きいんだよ」


 芳佳はリーネに説明する。


「へえ〜」


 リーネがなおに感心したところで、内線電話が鳴り、ミーナが受話器を取った。


「はい。……ええっ、大和で事故!?」


「何だと!」


「!」


 息をむ坂本と芳佳。


「救助ようせいです。先ほど、大和の医務室でばくはつがあって、負傷者が多数発生。大至急、医師をけんして欲しいそうよ」


 一同をわたすミーナ。


「よし、すぐに二式だいていで医師を送ろう」


 坂本は従兵のひじかたを呼ぼうとする。


「私に行かせてください! 戦闘は無理でも、りようと飛ぶくらいはできます!」


 芳佳が立ち上がった。


「私も行きます! 包帯ぐらいなら巻けます!」


 続いてリーネも。


「宮藤さん、リーネさん……」


 包帯を巻く人員なら、大和でも事欠かないはずでしょうに。

 心の中でしようするミーナ。


「言うと思った」


「ふっ」


 ペリーヌとバルクホルンも、困ったやつらだといった表情になる。


「その方が、飛行艇よりもはるかに早く着くな」


 坂本がミーナの顔を見た。


「分かりました、宮藤さんとリーネさん、大至急大和に向かってください!」


りようかい!」


 二人はけ足で格納庫に急いだ。



「芳佳ちゃん、だいじよう?」


「う、うん」


 基地からおきいに向かいながら、リーネは親友をづかっていた。

 芳佳のストライカーは不安定で、どうしても足並みがそろわない。

 やがて、扶桑を代表する大型戦艦、大和の姿が洋上に見えてくる。


「大和だ!」


「大っきい!」


 芳佳に大きいとは言われたが、これほどのものとはリーネは思っていなかった。

 芳佳とリーネは、その大和の後かんぱんに降下する。

 そのまま、臨時の医務室になっているガンルームに案内される二人。

 室内は重傷者であふれ返っている。


「一番のじゆうとくかんじやです。ここの設備ではこれ以上手のほどこしようがなくて」


 りよう助手が横たわる負傷者の前に芳佳を連れてゆき、説明した。


「ひどい」


 リーネは思わず目をそむけそうになる。


「分かりました」


 うでまくりをし、芳佳は傷口に手をかざす。

 まめしば尻尾しつぽと耳が芳佳の身体からだに現れるのと同時に、ほうが発動。

 見る見る傷口がふさがってゆく。


「傷口が」


 目を見張る医療助手。


「よし、塞がった。リーネちゃん、包帯を」


 芳佳は親友をり返る。


「はい」


 リーネは慣れない手つきで包帯を巻いた。


「次の人は?」


「は、はい、こっちです」


 別の重傷者のところへ移動しながら、医療助手は思わずつぶやく。


「……すごい……これがうわさに聞いた宮藤さんの治癒魔法の力か」


 そんな声も、今の芳佳には聞こえない。

 治癒魔法に専念しているのだ。

 芳佳は次から次へと治療をしてゆく。

 その額ににじあせを、リーネがぬぐう。


「芳佳ちゃん、大丈夫? もう10人以上治療しているけど?」


「うん、全然平気。まだまだ大丈夫だよ。……はい、これでよしっと」


(やっぱり)


 リーネは確信した。


(芳佳ちゃんの魔法力、弱くなんかなってない。前よりもずっと強くなってるんだ……)


「次の人は?」


 芳佳は助手を振り返る。


「いません。今のが最後の負傷者です」


「最後?」


 と、リーネ。


「はい、お二人のおかげで全員無事で済みました。本当にありがとうございます」


「よかったね、芳佳ちゃん」


「うん!」


 久しりに芳佳の晴れ晴れとした表情を見て、リーネの顔もほころんだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る