第二章 翼をください ──または、スランプの親友に捧げる詩

第二章 第一話


 波の音。

 芳佳はこの日、夜明け前に目が覚めた。

 早起きは三文の得。

 もしやと思い、海岸に出てみると、やはりそこには朝練にはげむ坂本の姿があった。

 光るあせ

 手にしたれつぷう丸はほう力のオーラを帯びている。


「烈風ざん!」


 坂本が刀をり下ろすと、海が割れ、水柱が立つ。

 のぼり始めた朝日に、い散るすいてきがキラキラと光った。


「すごい……」


 息をむ芳佳。


「宮藤」


 芳佳の気配に気がつき、坂本は振り返る。


すごいです、坂本さん!」


「これではだ! 私がとくしたいのは、烈風斬をえる烈風斬、真・烈風斬だ!」


 芳佳の賞賛の言葉にも、不満そうな表情をかくせない坂本。


「真・烈風斬……?」


「ああ、いにしえより扶桑皇国に伝わるおうだ」


「秘奥義?」


 けんじゆつくわしくない芳佳には、坂本の言わんとするところの半分も理解できない。


「それをきわめることができれば、どんなネウロイが来ようといちげきふんさいできる」


「坂本さん、私にもそのわざを教えてください! ネウロイをやっつけて、一日も早く平和な世界にしたいんです!」


 奥義を超える秘奥義。

 それを会得することの困難を知らない芳佳はひとみかがやかせた。


「駄目だ。お前みたいなヒヨッ子には、この技は使えない」


 坂本は海を見つめる。

 秘奥義、真・烈風斬。

 確かに比類なき強力な技だが、それを使う者は……。


がんりますから! だからお願いします! 教えてください!」


「無理だ」


 話はここまでと言うように、坂本は刀をさやに収めた。



  * * *



 今朝の食事当番はシャーリーとルッキーニだった。


「お〜、宮藤、おそかったな〜」


「今日はズッパディファッロとボンゴレビアンコ、あたしたちが作ったんだよ」


 と、キッチンから顔を出す二人は得意満面。

 特に、アフリカでいつもルッキーニに食事を作っていただけあって、確かにシャーリーの料理のスキルは上がってきているようだ。

 だが。


「うん」


 席についても芳佳はどこか上の空だった。


「どうしたの、芳佳ちゃん? 具合でも悪いの?」


 となりのリーネが声をかける。


「う、ううん。だいじよう、どこも悪くないよ」


「だったら食え! たとえ腹が減ってなくてもだ! エネルギーをせつしゆしないやつが有事の際、まともなせんとうができると思うか?」


 正面の席に座るバルクホルンがしつする。


「は、はい……」


「エネルギーって……」


 せっかくうでによりをかけたのにこいつは……。

 という顔になるシャーリー。


「あ〜も〜! 朝っぱらから軍人の説教なんてきたくないよ〜」


 ツッコミ役のバルクホルンをからかうボケのハルトマン。


「おい、ハルトマン、それがカールスラント軍人のいう台詞せりふか! 今、このしゆんかんにもネウロイがめてくるかも知れないんだ!」


「まあた始まった」


「いいか、ここはブリタニアとちがって戦力が全然足りないんだ。我々の任務は今まで以上に重いんだ!」


(……そうだ)


 バルクホルンの言葉にハッとなる芳佳。


(もっと私も頑張んないと。きっと私がたよりないから、坂本さんは教えてくれないんだ)


「いただきま〜す!」


 芳佳は頑張るために、エネルギーを摂取することにする。

 ……美味おいしかった。



  * * *



(速い、あの子! 前より速くなっている……でも、スピードなら、私のストライカーの方が上!)


 この日の戦闘訓練で、芳佳と対戦することになったペリーヌは、芳佳の成長りに舌を巻いていた。

 もちろん、おくれを取ったままでいる気はペリーヌにはない。

 じよじよきよめ、照準に芳佳をとらえる。


「もらった!」


 トリガーをしぼろうとした瞬間。

 照準から芳佳の姿が消え、ペリーヌの背後に回っていた。


「左ひねり込み!?」


「今だ!」


 今度は芳佳のチャンス。


「まだまだですわ!」


 と、ペリーヌがかい行動に移ったその時。


「えっ!」


 とつぜん、ストライカーが失速し、芳佳が体勢をくずした。


「外した!? この距離で!?」


 信じられないが、起死回生の機会をペリーヌはのがさない。

 後方に回り込み、ペイントだんを浴びせる。


「ああっ!」


 ピッピーッ!

 リーネのホイッスルがひびわたった。


「勝負アリ! ペリーヌさんの勝ち!」


 リーネは宣言する。


「ま、まあこれくらい、当然の結果ですわね」


 相手のミスに付け入ったようでしやくぜんとしないが、それでも勝ちは勝ち。

 ペリーヌは勝ちほこってみせる。


「変だなあ? 急に力がけたような……」


 こんなことは初めてで、芳佳は首を捻った。


「宮藤さん!」


「あ、はい!」


「何ぼさっとしているんですの! あと2戦! いきますわよ!」


 これでは勝った気がしないペリーヌは、芳佳をかした。


「はい!」


 残り2戦にヤル気を見せる芳佳。

 だが。

 結果は3戦全敗。

 全く調子の出ないまま、模擬戦はさんたんたる結果に終わった。



 少しして。


「そうか……ペリーヌもそう感じたか」


 坂本はペリーヌからの報告を受けていた。


「はい。今日の宮藤さんの動き、絶対変でした。その、いつものキレがないというか……」


 自分が宮藤を戦友として認めていることを口にするのは、ちょっとくやしい気もする。

 だが、ペリーヌは自分で思っているよりもずっと芳佳が好きなのだ。


「分かった。報告してくれてありがとう。やさしいな、ペリーヌは」


 ペリーヌが本当はだれよりも仲間おもいであることを知る坂本は微笑ほほえむ。


「い、いえ、私は部隊の戦力低下につながる要因はひとつでもはいじよしなくてはと思っただけで、決っっっして宮藤さんを心配している訳では」


 真っ赤になるペリーヌ。


「ふむ」


 芳佳の不調に思い当たることのない坂本は、確かめる必要を感じ始めていた。



 数時間後。

 芳佳のストライカーに何も異常がないことを点検でかくにんした坂本は、芳佳を医務室に連れてきていた。


「至って健康ですね」


 様々な検査を行い、最後にほぼ平らな胸にちようしんを当て、肺や心臓に特にしつぺいちようこうがないことを確認した女医は、坂本に結論を告げた。


「そうですか……」


 ならば、何が原因で芳佳が調子を落としているのか、いよいよ分からなくなる。


「急に健康しんだんだなんて、どうしたんですか?」


 まだ特に自分が不調だという自覚がないのか、芳佳は坂本にたずねる。


「いや、定期的に部下の健康状態をあくするのも、上官の役目だからな」


 と、坂本。


「はあ……でも、どこも異常ないんですよね?」


「ええ、まったくどこにも異常ありません。理想的な健康体ですね」


 うけう女医。


「へへへ。実は私、今までに風邪かぜひいたことがないのがゆいいつまんなんです」


 芳佳、何とかは風邪ひかないということわざを知らないようである。


「……おい、そこで何やってる?」


 坂本はろうの方をジロリと見た。


「す、すいません」


 おずおずと姿を現したのは、リーネとペリーヌだ。

 どうやら気になって、こっそりとのぞいていたようだ。


「あ、リーネちゃん、ペリーヌさん」


「芳佳ちゃん、どっか悪いの?」


 心配を顔一面に表してけ寄るリーネ。


「ううん、ただの健康診断。全然、何ともないよ」


「はあ、よかった〜」


「まったく。健康管理も、ウィッチとしての大切な任務のひとつですのよ」


 ペリーヌはホッとするが、もちろん、それを口にする気はない。


「だから、何ともないって」


 そんなにみんなに言われると、芳佳もだんだん不安になってくる。

 と、そこに。


「何ともないなら、なおさら不安だな」


 どこからともなく、バルクホルンが現れた。


「バルクホルン……、どこにいたんだ?」


 一応、っ込む坂本。

 だが。


「お前がまともに飛べていないのは確認が取れている。その原因が分からない以上、お前を実戦に出す訳にはいかん」


 バルクホルンは、しんけんな表情で芳佳に言った。


「ほんと、芳佳ちゃん?」


 ペリーヌとちがい、あのせんとうで芳佳の不調をくほどの経験はリーネにはない。

 だが、一番の親友を自負するリーネはショックを受ける。


(私、どうして気づいてあげられなかったんだろう? お友だちなのに……気づいてあげられたはずなのに……)


上手うまく飛べないの?」


 リーネは芳佳の顔を見つめる。


「……」


 そこまでのこととは思っていなかった芳佳は、言葉を失う。


「不調の原因が明らかになるまで、基地待機を命じる!」


「やです! 私は飛べます!」


 上手く飛べなかったのは、ちょっとした油断。

 自分はがんれる。

 頑張れるはず。

 そう思う芳佳は、かたくなにこばむ。


「これは命令だ!」


 バルクホルンももちろん、芳佳が役立たずであるとか、必要ないと思っている訳ではない。

 むしろ、どことなくクリスに似ているこの芳佳を、本当の妹のように感じているのだ。

 それに、同じことを言いわたすにも、同郷でしんらいする坂本よりは、多少きよのある自分の方が芳佳のしようげきは小さいだろう。


「命令……」


 それでも、芳佳はぼうぜんとなる。

 このまま、もう戦えないとしたら……。

 父との約束が守れなくなる。

 その力を多くの人を守るために。

 それが、芳佳が父である宮藤博士の墓前でちかった約束なのに。


「そうだな、その方がいいだろう」


 いやな役目を買って出てくれたバルクホルンに感謝しつつ、坂本もうなずく。


「そんな……」


「芳佳ちゃん……」


 宮藤がどれほどみんなを守りたいと思っているかを知るリーネだが、今は、そのとなりだまって見守ることしかできなかった。

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