第一章 コッチネッラ大作戦 ──または、テントウムシの狂乱サンバ

第一章 第一話


 新ウィッチーズ基地周囲には、すずしいかげを作り、みんなのいこいの場となる木立があった。

 マイナスイオンが放出されるさわやかな空気の中、一本の樹木の枝を、何かがっていた。

 蜥蜴とかげではない。

 へびでもない。

 全長150cm弱。

 フランチェスカ・ルッキーニ少尉だ。

 少尉は視線を油断なくめぐらせ、こうげき目標地点であるうろの位置をかくにんする。


「じゃじゃ〜ん!」


 障害となる手前の木の葉をけ、視界を広げる少尉。

 そこには彼女の標的となる、カブトムシとクワガタがいた。


「ニヒヒ」


 ルッキーニはばやい動きでこうちゆうたちをつかまえ、虫カゴに収容してゆく。

 すると。


「ん?」


 ふと気づくと、見たことのない虫がいた。

 一見、テントウムシのようだが……。


「うわ〜、おもしろい虫!」


 顔をかがやかせたルッキーニは、その虫を捕え、カゴに入れた。



  * * *



「みなさん、おはよう」


「おはようございます!」


 まるで中学生のホームルームのように朝のミーティングが始まった。


「今日の通達です。先日来のせつはんがんりにより、おが完成しました。本日正午より、利用可能になります」


 ミーナが一同に告げる。


「やった〜っ!」


「お風呂、お風呂!」


 さわよしとルッキーニ。


「では、各自、今日は自由行動です。お風呂の件、ほかの人にも教えてあげてね」


 担任の先生、もとい、ミーナは書類を閉じる。


「良かったね、芳佳ちゃん」


 あまりにも喜び過ぎの芳佳に、リーネが声をかけた。


「うん! リーネちゃんも入ろうね! あ、ペリーヌさんも!」


「まあ、あせをかいた後にスッキリするのはいいことですわ」


 と、言いつつも自分が坂本と二人きりで入っているあやういシーンをもうそうするペリーヌ。

 少しもスッキリしていない。


「さ〜っ! お風呂入ろ! お、ふ、ろっ!」


 タオルをり回し、さっそく浴場に向かおうとするルッキーニの首根っこを、さかもとがつかむ。


「聞いてなかったのか? 風呂が使えるのは正午からだ」


「えええ〜っ! まだなの?」


「風呂に入るまでまだ時間がある。ということで、風呂を楽しく入る方法があるんだが?」


 坂本はニヤリときつみをかべて、芳佳たちをわたした。


「え? なんなんですか?」


 きょとんとする芳佳。


「訓練で汗をかけ! 全員、基地の周りをランニングだ!」


「ええ〜!」


 と、エイラとルッキーニ。


「つべこべ言わずに走れ!」


「は、はい!」


 一同は、この場に居合わせたことを心底こうかいした。


「まったく、何で風呂ごときであんなにはしゃげるんだ」


 だつの如く飛び出していく芳佳たちを見送り、坂本はちょっとあきれ顔。


「それで英気を養えるならいいんじゃない?」


 ミーナは自分のかたをトントンとたたく。


「……つかれているようだな?」


「最近はネウロイと戦うよりも、上層部とけんしていることの方が多い気がするわ」


「そう言えば、しゆつげきする機会も減っているな。確か、ネウロイのげきついすうも」


「長い間、199機のままね。あと1機落とせばくんしようらしいんだけど、そんなのらないから書類を減らして欲しいわ」


 ことデスクワークに関しては、坂本はまったくたよりにならない副官である。

 よって、ミーナの負担は、他の隊の隊長と比べ5割増。

 気苦労が絶えず、肩がるのも当然だ。


「ミーナもせっかくだから入ったらどうだ」


「お風呂に? う〜ん」


 ミーナはちょっと考えてから首を振る。


「でも、この後も書類の整理が残っているの」


「そういう疲れた時こそ、ゆっくりと風呂に入って温まった方がいいんだが」


そうではそうするのね。ありがとう、考えておくわ」


 ミーナはミーティングルームを後にした。



  * * *



「虫? どんな?」


 ランニングを続けながら、芳佳はルッキーニから今朝発見しためずらしい虫の話を聞いていた。


「んとね、こんくらいでね、すごくキラキラしてんの!」


 ルッキーニは、指を使って大きさを示す。


「あとで芳佳にも見せてあげる!」


「うわ〜、楽しみ〜!」


 芳佳は虫と同じくらい、ひとみをキラキラさせた。



 ところかわって。


「ふんふんふ〜ん」


 シャーリーは自室で機械工作を行っていた。

 バイクのチューンナップに、複葉機の整備、ストライカーのメンテと、シャーリーの自由時間のほとんどはメカニックにてられている。

 ダイナマイトバディのづかいもいいところだ。


「ふふんふ〜ん」


 シャーリーはルッキーニと同部屋。

 とびらの外側のノブには、先ほどつかまえた虫を入れた虫かごがかかっている。

 その虫かごのあみを、テントウムシによく似たあの虫がけた。

 ブ〜ンと飛んだ虫は電線に止まる。

 ギュ〜ン。


「あれ? ん、停電か?」


 シャーリーの工作機械が停止した。



 虫は再び飛び立つと、そとろうを進む。

 虫が近づくたびに、電線がスパークし、明かりが消えてゆく。

 もちろん、室内の明かりもだ。

 サーニャたちの部屋もしかり。


 そして。


 いつしゆんねむりこけているサーニャの頭に、ぴょこんと耳が出た。



 バルクホルンたいとハルトマン中尉。

 カールスラントのWエースを、そもそも相部屋にしたのがちがいだった。

 片付けるという言葉がそもそも脳内にインプットされていないハルトマンのずぼらりに、バルクホルンの神経は今にも切れかけそうなほどにり減っていたのだ。


「何ものも、ジークフリート線をえることなど許されない」


 部屋を真っ二つに仕切る板のこちら側は、キッチリスッキリ。

 バルクホルンは仕切り板に引っかかっていたくつしたを、反対側のこんとん空間──ゴミとしか思えない数々のアイテムが地層をなしている空間──に投げ込む。


「おい、起きろ、ハルトマン! もう昼だぞ!」


「ん……あと40分……」


 ベッドの上からぼけた声。


「またか!? 何があと40分だ!」


 思わず反対側にみ込んでしまうバルクホルン。


「大体、カールスラント軍人がこんなきたない部屋で……うぐっ!」


 転がっていたびんを踏んでバランスをくずしたバルクホルンは、身体からだを支えようとしてゴミの山にれた。


「しまった!」


 仕切り板がれ、積み重なったゴミがハルトマン側からバルクホルン側へと雪崩なだれ落ちる。


「ハルトマン! 起きろ! 起きて何とかしろ!」


 必死に仕切り板を支えながらさけぶが、ハルトマンが起きる訳もなく、起きたからといって、どうにかなる訳でもない。


「え〜、何〜?」


「起きろ〜!」


「ん?」


「うわああああああっ! わ、私のジークフリート線があああああああああっ! こら〜っ、ハルトマン! 起きろおおおおおおおおおおっ!」


 ガラガラズッシャ〜ン!

 ジークフリート線、あっさりほうかい

 こうして、バルクホルンはガラクタとゴミの山にまいぼつした。



  * * *



 正午である。


「よし! 時間だ、入ってよし!」


 時計でかくにんした坂本は宣言した。


「わ〜い!」


「お、お風呂〜!」


 待ち構えていた芳佳とルッキーニ、そしてリーネとエイラは風呂場にとつしんする。


「ん、どうした、ペリーヌ? 入らないのか?」


 ペリーヌだけがまだモジモジしているのを見て、声をかける坂本。


「あ、あの、しようは?」


「私は朝練の後に行水したからな。今日はもういい」


「そ、そうですか……」


 かたを落としたペリーヌは、それでもだつじようへ向かう。


「?」


 その姿を不思議そうに見送った坂本は廊下に出たが、ほぼそれと同時にテントウムシのような虫が飛んできて脱衣場にしんにゆうした。



「うわあ〜!」


「すごい!」


「広い広〜い!」


 広いよくそうを見た芳佳たち4人はかんせいを上げた。


「やっほ〜いっ!」


 ザッブ〜ン!

 と、真っ先に飛び込むルッキーニ。


「気持ちい〜い!」


 2番手は芳佳。


「リーネちゃんも入りなよ〜!」


「う、うん」


 タオルで前をかくしながら、ゆっくりとお湯に身体をしずめようとするリーネ。


「何ずかしがってるんだよ!」


 そのタオルをエイラがだいたんに引っがす。

 エイラ、サーニャが相手でなければ、ようしやがない。


「ちょっと! エイラさん!」


「うおっ! リーネ、前よりもでかくなったんじゃないか?」


 なってるのである。

 育ち盛りである。

 エイラの手は、もう自然とそのふくよかなふくらみにびる。


「ちょ、ちょっと! やめてくださ〜い!」


 ついでに言うと、成長過程の胸はさわられると痛いことがあるので要注意だ。


「芳佳はどうだ〜?」


 ルッキーニが中年オヤジのように、背後から芳佳の胸にれる。


「あっ、やめて〜!」


「むう〜、残念」


 満足度、マイナス98%(リーネ比)である。


「残念!? 残念って何!」


 これでもほんの少しは大きくなってるんじゃないかな〜、などとひそかに自覚していた芳佳はショックを受ける。


「な、何て下品な!」


 最後に静々と現れたペリーヌはこの光景に絶句した。


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