第三章 第二話


 一方、二式大艇の中では。


「危険です、少佐! 今は自重して、紫電改の修理を待つべきです!」


 機体前部上方のハッチから外に出ようとする坂本を、必死に土方が止めていた。


「その修理を待っている間に、どれだけの人間が傷つくと思う!?」


 そうりつけてから、坂本はちようする。


「ふっ、どうやら宮藤の病気が移ってしまったようだ」


 その芳佳はと言うと……。


「私が引きつけている間にげてください!」


 ネウロイのこうげきさらされているヴェネツィア艦隊旗艦のブリッジと交信中だった。


鹿な! 君ひとりを残してはいけん!』


 と、きようこうこうべんする旗艦の艦長。

 だが、インカムにまた別の声が入ってくる。

 艦長に話しかける航海長の声だ。


『艦長、我々に反撃の手段はもう残っていません』


『……わかった。我々は足手まといなのだな。全艦16点回頭、全速退たい!』


 艦長はようやく決断を下した。


「よかった」


 回頭を始める艦隊を見て、ホッとする芳佳。

 だが、ネウロイのビームはようしやなく艦に降り注ぐ。


「うっ!」


 芳佳はきよだいなシールドを張って艦隊を守る。


「は、早くはなれて!」


 さすがに、これだけのシールドを保つとなると、ほう力の限界に近い。

 芳佳の顔が苦痛にゆがんだ、その時。


「!」


 上空を二式大艇のかげぎった。


「さ、坂本さん!」


 芳佳は、自分の目にしたものが信じられなかった。



「土方、このままっ込め!」


 ハッチから二式の上に出た坂本は、機首近くに立ってマントをぎ捨てた。


りようかい!」



 坂本がだいたんてきなことは重々承知の土方だが、今回は彼の想像のはるかに上を行くこう

 それでも従うのは、絶対のしんらいをこの上官に置いているからだ。

 ふとももあらわな水上用制服をまとう坂本の頭とおしりに、どうもうなドーベルマンの耳と尻尾しつぽが現れた。

 と、同時に二式はネウロイに向かって急降下を始める。


「危ないっ!」


 思わずさけぶ芳佳。


「てやあああああああああああああっ!」


 坂本はばつとうしつつ、機首から飛び下りた。


「坂本さん!」


「必殺!」


 坂本は大きくりかぶる。


れつ!」


 眼帯が風圧でき飛び、魔眼がかがやく。


ぷう!」


 ネウロイはけんに反応するかのように、坂本に向かってビームを放つ。

 だが。


ざん!」


 刀身がネウロイのビームを真っ二つにいた!


「うおおりゃああああああああっ!」


 坂本はそのまま、身体からだを矢のようにしてネウロイをつらぬいた。

 ネウロイはくだけ、ほうかいしてゆく。


「坂本さ〜ん!」


 落下してゆく坂本を、芳佳はあわてて追った。


「くっ!」


 急降下をかけ、海面ギリギリのところで何とか拾い上げることに成功する。


「済まんな、宮藤、でんかいが故障してな。来るのがおくれた」


 と、坂本。


「だからって、無茶し過ぎです!」


 怒る芳佳に、坂本は手にした軍刀を差し出す。


「どうだ? 言った通りだろう? シールドなど無くても私は戦える。このれつぷうまるがあればな!」


すごい……本当に……坂本さんは凄い人だ」


 あきれ、ほっとし、最後には微笑ほほえむ芳佳。


「ところで宮藤、烈風丸って名前、どう思う? 一晩中考えたんだがなあ」


 センスという点ではまったく自信のない坂本は、少しばかりドキドキしながら宮藤に感想を求める。


「えっ? か、かっこいいと思いますよ……」


 ほかに答えようのない芳佳。

 よく言えば、結構みような。

 悪く言えば、アレな感じだが。


「そうか! かっこいいか! よ〜し! あっはっはっはっはっ!」


 坂本はごうかいに笑った。



  * * *



「シャーリー、あれ!」


 崩壊してゆくネウロイの様子を、接近しつつあったルッキーニたちも目にしていた。


「うん。ネウロイのへんだな」


 と、シャーリー。


「きっとヴェネツィア艦隊がやっつけたんだよ、やるじゃ〜ん」


 ルッキーニははしゃいでクルクルと回る。


「ん〜、でもネウロイの気配がまだあるんだよなあ……」


「じゃあ、まだ他にいるの?」


 いぶかしげなシャーリーを見て、ルッキーニは回るのをめた。



  * * *



 さて、着水した二式大艇のしゆよくの上では。


「お見事です、しよう。紫電改を出すまでもありませんでしたね」


 と、えのマントと眼帯を差し出しながら、土方が上官をねぎらっていた。

 しかし。


「……ごたえが無さ過ぎる」


 マントを羽織りながら、坂本はかない顔を見せる。


「はっ?」


 そうてきされると土方も、そんな気になる。


「坂本さんが強くなったからそう感じるんですよ」


 とは、楽観的な芳佳。


「だといいんだが……」


 なつとくしがたいと言いたげな表情の坂本だったが……。


「さ、坂本さん!」


 海上に目をやった芳佳がきんちようした声を発し、坂本の注意を引いた。


「なっ!」


 見ると、先ほどまで海に降り注いでいた破片が浮き上がり、空中の一点に集まり始めているのだ。


「なっ! ネウロイが再生している!?」


 がんを発動させた坂本は、自分の目を疑った。


「……鹿な! コアが生きている!」


「行きます!」


 飛び立つ芳佳。


「宮藤! コアは再生中のせんたんだ! ぶっこわしてとどめをせ!」


「はい!」


 芳佳はかんじゆうを構え、ネウロイに向かってとつしんしてゆく。

 ダダダダッ!

 ネウロイ先端部に、じゆうだんを浴びせる芳佳。

 だが、ネウロイの再生は止まらない。


「何っ! そうか、そういうくつか……」


 魔眼でこの様子を見ていた坂本はつぶやく。

 コアは、ネウロイの内部を、まるで射線をけるように移動しているのだ。


「宮藤、そいつのコアは移動している! 今はみぎはしだ! のがすな!」


「えっ! ……は、はい!」


 芳佳はまどいながらも命令に従うが、コアは芳佳の放った銃弾を避け続ける。

 まるでこちらのこうげきを読んでいるかのように、スレスレに。

 剣術でいう、見切りだ。


「くそっ! たまをかわしている! しかもこの異常な再生速度、まずいぞ……」


 坂本は芳佳に告げる。


「宮藤、弾着の直前にコアが移動している。同時多重攻撃をけるしかない!」


「ど〜じたじゅ〜?」


 とっさにどんな字を書くか思い浮かばない芳佳。


「お前ひとりでは無理だ! 待ってろ、私も行く!」


 要はそういうことである。

 坂本はハッチから、機内の整備兵を見る。


でんかいはどうだ!?」


「あと5分で何とか!」


 と、必死の整備兵。


「飛べさえすればいい! 3分で仕上げろ!」


 そんなやり取りの間に、ネウロイはほぼ元の大きさにまで再生し、二式に向かってビームを放つ。


「坂本さん!」


 回り込んだ芳佳がシールドを展開するが、ビームにされ、ジリジリ後退する。


「ううっ!」


「いかん! 宮藤のほう力が限界だ!」


 厳しい顔になる坂本。

 しかし。


「このまま守っているだけじゃ、も、持たない……!」


 以前の芳佳ならとっくに退く姿勢に入っているところだが、今の芳佳はちがった。

 逆にビームを避け、はじきつつネウロイの真上に出ると、急降下をかける。


「宮藤!」


 坂本はあつに取られた。


「無理だ、宮藤!」


「見えた!」


 トリガーをしぼる芳佳。

 だが、ほんのわずかのところで、コアが着弾をかわす。

 なおしやげきを続ける芳佳を、逆にビームがおそった。

 ビームがシールドを直撃し、いつしゆん、芳佳は体勢をくずしかける。


「待って!」


 それでも、芳佳はあきらめずにコアを追う。


「宮藤! 後ろだ!」


 と、坂本。


「!」


 かろうじてシールドを張るが、弾かれたのは芳佳の方。

 すさまじいしようげきに、芳佳の意識は半ば飛んだ状態になる。


「宮藤ーっ!」


 きりみ状態で落下してゆく芳佳。


(……あれ、海が上?)


 海面が回転しながら、だんだん近づいてくる。


「シールド、張らなきゃ……」


 ぼんやりした頭で考える芳佳の目に、何か、キラリと光るものが映った。


「え?」


 ドギュンッ!

 高熱エネルギーの一弾がネウロイに命中し、つらぬいた。


「えっ!?」


 海面スレスレのところで止まり、芳佳はじゆうだんが飛んできた方向を見る。


「まさか!?」


 坂本もり返った。


「やっほ〜っ!」


 急接近してくるのはシャーリーとルッキーニ。

 さっきの一撃は、もちろんルッキーニだ。


「シャーリーさん!」


 シャーリーは安心させるように軽く視線をわすとそのまま、ネウロイにとつしんする。


「ちゃお〜、宮藤!」


 ルッキーニは芳佳のもととどまり、ニコニコ笑う。


「ルッキーニちゃん!」


「見た見た? 今の、全部命中したでしょ?」


 と、会話を交わす二人の間にネウロイのビームが。


「うわっ!」


 どうやら、旧交を温めるには相応ふさわしい場所ではないようだ。

 二人はそのままじようしようした。


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