クレイジーアパート サンタさんがやって来た場合
彩詠 ことは
クレイジーアパート サンタさんがやって来た場合
俺がこのアパートに引っ越してきたのは十二月に入ってからだった。
前に住んでたアパートは築七十年というぶっ飛んだ建物だったから立ち退きが要請がきても然程驚かなかった。寧ろ大往生だろ。
それで今の環境を変えずに安いアパートという条件で引っかかってきたのがここ。
位置は前のと変わらないし、広くなって安くなるなんてこれまたぶっ飛んだ物件だった。
不動産屋によると所謂、曰く付きってやつらしかった。
入居してすぐに出てしまう人は数知れず。必ず出ていく時に訳の分からないことを言う。
要約するといろいろと出るらしい。
だけど、ここは流石の俺。
幽霊とか信じないし、見えないし。見えないということは例え存在していても無いのと一緒が信条の俺は即入居した。
荷物を運んだりバラしたりで時間が掛かって落ち着いたのはクリスマスイブの前日だった。前日の前日って変だけど。とにかく十二月二三日の夜だった。
それから俺は熟睡して次の日、二四日の夜中に目を覚ますことになる。
丸々一日寝てたってこと。
それから始まる。
ピンポーン・・・
ピンポーン・・・
目を覚ますとインターホンが来客を告げていた。まだ覚醒しきらない寝ぼけた脳を活動させ、時計を確認すると零時を指していた。
昼か・・・と一瞬思ったけど窓の外は墨をブチまけたような暗闇だったのを見て夜と認識する。
「こんな夜中に誰だよ」
少し不機嫌になって口で愚痴の八重奏を演奏しながら扉を開く。
「はい、どちらさ・・・」
固まった。文字通り一瞬身体の全てが動きを止めた。
玄関先にはサンタのコスプレをした女が立っていた。
目視でそいつを確認してから一秒、機能停止。二秒、咄嗟に寒そうだなと思う。三秒、なんでこんな奴が?と疑問に思うまでに三秒を要した。人間、予測不能な自体に陥るとこうなるよね。
俺と目が合うとサンタさん(仮♀)がぱぁーと顔を輝かせる。
「あ、ここにす・・・」バタン!
扉閉めました。鍵も掛けたしチェーンもつけた。関わりたくねぇよ・・・なんだよあいつ。電波さんか?新手の宗教勧誘か?
混乱しつつも状況を整理しようとしていると、またインターホンがけたたましく鳴る。
ピピピンポーン・・・
ピピピピピンポーン・・・
あの女・・・インターホン連打してやがる。しかも泣き叫びながら。
引っ越して早々に犯罪者予備軍の仲間入りする気にはなれなかったので仕方なく扉を開けて再びご対面。
「あのさぁ・・・何やってんの?」
「ふ、ふぇぇ・・・ふぐぅ。」
改めて見てもどこからどう見てもサンタさんだった。そのサンタさんがうちの玄関先で号泣している。なんだこの状況。
「だってぇ・・・うぐっ。突然閉めるんだもん」と理由になっているようで全くなっていない言葉を此方に投げてくる。
因みに俺の声を一とするとこいつは六くらいのボリュームだった。
そろそろ近所の人が何事かと出てくるかなと思っていると案の定だった。
うちの右斜め前の玄関が少し開いて片目だけで様子を伺っているようだ。
ここで俺の選択肢は三つに絞られた。
一、近所の目を気にせずサンタさんをこの場で撃退。
二、シカトする。
三、うちに招き入れて熱りが冷めるのを待ってからサンタさんを撃退。
んー・・・。どれもこれもだな。
一はまず本末転倒なので除外。二は精神衛生上、そして俺の印象にも悪影響なので除外。そもそも、知り合いじゃないんです!ランダムエンカウントしちゃっただけなんです!と必死に訴えたところで見ず知らずの俺の話を信用してくれる人は少ないだろう。
となると三か・・・。三もなかなか難易度高いけど他のに比べたらいくらかマシだろう。
「取り敢えず、中入れよ」
そう言って不本意ながら中に招き入れる。
俺の新居、記念すべき初女性のお客さんがこんなヨクワカラナイ奴だなんて嫌だなぁ、なんて思いながら振り向くと既に靴を脱いで中に侵入する準備が完全に終了していた。
こいつはなんかヤバいと必死に訴えている脳を黙らせて奥に進む。
タタタタッと後ろから走ってくる音がしてあっという間に追い抜かれて赤が俺の視線の中に飛び込んできた。
ズサーっとまだ絨毯も敷いていないフローリングを正座で滑る。
「お邪魔します」
「それは玄関で言う台詞だ」
サンタさんと対峙する。
「で?」
「で、と言いますと?」
「お前なんでそんな格好をしてるんだ?それで俺に何の用だ」
「これは制服と言いますか、これがなきゃサンタだって認識してもらえないかと思いまして。それと貴方にはプレゼントを差し上げに」
制服?何処かのキャンペーンか何かか?
「何故俺に?」
「偶々です」
言い切られた。ただ単に運が良かった、もしくは悪かったのか。
引っ越しで色々と目立ってたからなぁ、それで目をつけられたのかも。
「ですが、偶々とはいえこれはチャンスですよ。なにせ一度だけ貴方の望みを叶えて差し上げるのですから」
「なんでも?」冗談半分不信半分ってところで聞いてみた。要するに信じてなかった。
「勿論ですっ」即答だった。
「金でも地位でも名誉でもなんでもごじゃれです」悪い顔してんなぁ。
「それサンタが言っちゃいけないやつだろ」
はぁ、と嘆息。
「そろそろ設定はいいから、どこの店から来たのか言えよ」
「店?」と首を傾げる。
「と呆けんな」
「店じゃなくて家ですよ」
はぁ?
「店に住んでるってことか?」
「家に住んでるんです」
なるほど・・・分からん。
「何処に住んでるんだ?」
「南極です」
ま、す、ま、す、分からん!!!
「正確に言いますと南極の少し下です」
もっと分からん!!!!!
「えへへ」
えへへ・・・何が何なのか・・・
え、何こいつ本当にサンタなの?いや、でもサンタって実在すんの?
「あの・・・」
「ん?なんだ」
少しモジモジしてから「さ、寒くないですか?」
あ、こいつサンタさんじゃないわ。決定。
サンタさんならともかく、人類に十二月の真夜中に暖房器具不使用はちとキツいからな。
「ストーブ点けていいぞ」と言い終えるかどうかのところで、うわーいと嬉しそうにストーブに突進。スイッチを連打してオンをオフにオフをオンにさせる。こいつ何でも連打するな。紙相撲とか強いんじゃなかろうか。心底どうでもいいけど。
ふぃー。とストーブの前に立ちはだかって温風を真っ向から遮断するサンタコスの女。
なんてミスマッチなんだ・・・!
と、ここで俺はあることに気づく。腹減った。思い返せば丸一日腹に何も納めていなかった。納める相手が悪代官なら怒り狂っているレベルだ。
冷蔵庫を開けて材料を確認。
ふむ。簡単な炒飯なら作れるな。
「今から炒飯作るんだけど、お前も食うか?」仮にも他人の家、しかも見ず知らずの。いえ、お気遣いありがとうございます。ですが、遠慮しておきます。ついでにそろそろお暇します。を期待しての問いだったんだけど。「炒飯!?食べる!食べますっ。いただきます」目ぇキラッキラさせるんだもん。
仕方なく二人分用意する。
そうこうしている間にも空っぽの腹は抗議の声をあげていた。
適当にちゃっちゃと作ってサンタさんの目の前にお供え。
サンタさんはといえば座布団の上で奇声を俺に向け発信しながらジタバタしている。
何処からか舞い上がった埃はストーブの温風と一緒に散らされ雪のようだった。そんな綺麗なものじゃないけどな!
「落ち着いて食え」
「では!いただきます」と両手を合わせる。皺と皺合わせて幸せってな具合で。
特に何をしたでもない安っぽい炒飯だったけど、空腹は最高の調味料。あっという間にたいらげた。
俺の前でガツガツ炒飯を食ってる自称サンタさんを見やりながらどうしてこうなったのか長考してみた。
突然やってきたこいつに俺のご近所イメージを崖っぷちからあいきゃんふらいさせられそうになって、それ阻止すべく敵を自分の懐に入れて飯を与えた。んー・・・。存分に流されてるな。
思えば俺はいつもこうだった。周りの空気とか状況とかに身を任せてその場しのぎ。俺が今立っているここは、決して俺が望んでた訳じゃない。いや、自分の望みを言わないのが望みだったんだから望み通りか。
何故こうなるのか。自分に自信がないからだ。周りに任しておけば考えなくても取り敢えずは時間に寄り添って生きていける。もし何かを失敗しても俺が考えた訳じゃないからって言い訳できる。逃げの選択なわけだ。
俺は自分の失敗を直視できない。多分・・・。「ふぃー。ご馳走様でした」
能天気な声で俺の思考中断。
「あいよ。お粗末様でした」
満たされた胃袋を持つ空っぽの俺は空っぽになった皿を台所に持っていく。
「お腹もいっぱいになったところで・・・」
遂に南極に帰る気になったか。徒歩五分くらいにありそうな南極に。
「レクリエーションターイム!」
「何故っ!?」
「レクリエーションといえば・・・」
トランプとか?二人だしジェンガとかかな・・・。何真面目に考えてんだよ!!
「羽子板です!」
「だから何故っ!?そもそも家の中でやるもんじゃないだろ」
「なるほど、それもそうですね。まあ安心してください。こんな時の為に家の中でも出来るものをご用意しております!」
「ほう?」
「部屋で出来るミニ羽子板です!」
「羽子板大好き過ぎるだろ」
「じゃあ何ならいいんですか。他には百人一首と福笑いとダルマ落としと人生ゲームがありますが」
「何でそんなに和風なんだ・・・そしてその中で異彩を放って目に付く人生ゲームの違和感」
この後どれをやるかで小一時間議論して結局、人生ゲームに収まった。
こうして人生ゲームを二人で始めたのだが・・・。
サンタさん超強い。
自分の立ち位置から止まれるベストのマスに着地しやがる。どんどん先に進んで行くし、資産も増える。因みに俺は金を手に入れたと思えば車が事故に遭うし、家は火事だし、結婚すらできなかった。正に人生の不平等さを正確に表したリアル人生ゲームになっていた。子供が遊んだら一瞬で未来に失望する玩具に成り果てた。
「それで、願い事は決まりましたか?」
サンタはクルクルとルーレットを回しながら言う。
「それとこれはルールなんですが、何回でも願い事が出来ますようにとか捻くれたものは禁止ですからね」
おぅふ・・・。
最初に頭を過ぎったものが全否定された。誰もが一度ならず何度も考える事だもんなぁ。
「そういうの以外ならなんでも・・・あ、邪馬台国の秘宝を手に入れたですって!百万円貰えましたっ」
お前の人生はバブルが到来してるの?
次に俺がルーレットを回す。力を入れ過ぎてルーレットがカタカタ音を撒き散らす。
「俺以外の奴にもこういう事してんのか?」
「こういう事と言いますと?二が出てますよ」自分の立ち位置からニつ移動させる。
「む、家が火事になる。火災保険に入っていれば・・・いや、うちは既に消し炭だから関係ないし」
「私の番です。ふんふん。四がベストですね」えいっと回して宣言通りの四を出す。
「近所の公園で遊んでいたら徳川埋蔵金を発見。八億円手に入れた。ふぇーい!!」
ツッコミどころが多すぎて訳分からんくなってるじゃん・・・。
「こういう企画。他にもやってるんだろ?」
「まあ、クリスマス時期は稼ぎ時と言いますか、クリスマスしか働いていないというか。なので貴方だけではないですよ」
「そうか。うおっ、十が出た!遂に俺の時代が来たか」
「車が炎上する。生命保険に入っていなければ二千万円払う。ですって」
「俺、呪われてるわ」そろそろ金も尽きる。
「で、他人がどうかしたんですか?」
「どんな願い事をするのかなって。お前の事を信じたわけじゃないけど、興味本位で」
「むー。貴方は用心深いっていうより頭でっかちですね」
「余計なお世話だ。ほら、四が出てんぞ」
「よっよっよっ。宝くじで二千万当たる。ちっ、二千万ぽっちかよ」
「金銭感覚おかしくなってる上にキャラ崩壊してる」
「さっきの話ですが、大体お金ですね」
「やっぱ金かぁ。なんか生々しいな」
「貴方の番ですよ」
「お、悪い。よっと」
コツが掴めてきた所為か、ルーレットはカラカラ回った。
「九か。ほっ・・・。鬱になる。医療費五万円を支払って二回休み・・・なんだと・・・?」
「やーい、ざまぁ!」
「てめぇ・・・」
「もうすぐ私、ゴールしちゃいますよ?」
こいつ・・・ニヤニヤしやがって。
いつの間にか倍以上差をつけられていた。所持金もマスも。
俺の代理である棒人間がもがき苦しんでいるように見えた。
「貴方が私に勝てない理由を教えてあげましょう」と、ルーレットを回しながら言い放つ。ここでサンタが八を出したらゴールだ。
「私は自分を信じています。私なら絶対にここで八を出せる」ルーレットの勢いが落ちてくる。
「でも、貴方は自分を信じていない。否、出来ない自分を信じているんです。だから出来ない」カタ・・・カタ・・・と止まる。
矢印は八を指していた。
「私の勝ちです。本当なら貴方の望みを叶える約束でしたが、ここは特別に私が貴方に合ったもの差し上げましょう。さぁ、こちらへ」と、窓に誘われる。外はまだ闇に染まっていて、人の気配も感じられない。
空は厚い雲に覆われていて月は薄っすらと影を落としている。
「今の貴方に最も相応しいものをご用意致しました」
「空飛ぶトナカイとか?」
ふふっと少し笑う。「いえ、もっと良いものです。では、窓の外を見ていてくださいね」
「ん」と、短く返事をしてサンタに背を向け、外を見やる。
すると、後ろから指を鳴らす音が聴こえた、瞬間だった。
空を覆っていた厚い雲が途端に何処かへ消え、月明かりが一層強くなる。しかしそれだけじゃなかった。雲が無いのに雪が、大粒の雪が降ってきた。お天気雨ならぬ、お天気雪だ。水分が空中で反射しているのか、空は虹色に輝く。雪は月明かりに照らされて、まるで星が砕けて降ってきているようだった。
「お前、凄いな!本当にサンタなのか?」振り返りながら問うと、そこに赤はなかった。サンタが消えていた。あるのはテーブルの上に広げられたサンタの楽園人生と俺のドン底人生だけだった。
「なんだよ、あいつ。変な奴」と、独りごちてルーレットを回す。カタンカタンと止まったのは三だった。
自分の駒を三マス進める。「宝くじで二千万当たる」
思わず苦笑した。後に異常気象として多くの人の記憶に残るクリスマスイブ。
クレイジーアパート サンタさんがやって来た場合 彩詠 ことは @kotoha8iroyomu
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